堕ちた先の世界 [ 10 ]

「…ナツ、おかわりする?」


両手で持ち上げて飲み干そうと手に余る大きなスープカップの中身を凝視していた目線が、ルーシィの言葉で上へと上がる。
じぃっと目が合う。


(この目で会話する感じにも慣れてきちゃったな…)


ルーシィがふわりと微笑むのを見て、ナツはいそいそと残りを飲み干し、ルーシィの前にカップを差し出す。
あれから数日、何を勧めても何も食べようとしなかったナツがやっと食べてくれた。


(私が苦労して作ったのを見てたから仕方なく食べてくれたのかもしれないけどね…)


ルーシィは、具だくさんのポトフもどきを溢れんばかりにカップに盛る。
栄養がたくさん取れるようにと早朝から様々な野菜をひたすら小さく切って、
ずっと食べていないから消化がいいようにとソーセージやベーコンまで小さく切って鍋に放り込み、煮込み倒したこのポトフもどき。
色々な具材から色々なエキスが出て、温かくて深い味わいがする。
我ながらめちゃくちゃ作ったにしてはうまくできた、とルーシィは自分のカップにも注ぎ足しながら微笑んだ。

数日前までは、絶対戻ってくるからと懇願して街の外にナツを隠し一人で買出しを行っていたのだが、何を買ってきてもナツは何も口にしようとしなかった。
いつもギルドでミラジェーンが作った温かい料理を食べていたから温かい料理なら、と今度は具材や鍋等の調理器具を大量に買い集めてきたルーシィ。
おかげで、ナツを見つけるまで様々な街で働いて稼いできたお金がぐんと減ってしまった。
薪を集め火をおこして具材を切って、ナツに頼らず汗を流して作ってできたポトフ。
これで食べてくれなかったら、と不安になりながらもルーシィは、ずっとルーシィのやることを見ていたナツにそれを差し出した。


(やっと食べてくれた。よかった。でも、お金が減ってきた…そろそろ稼ぐ方法を考えなきゃ、ね)


あれからナツは、どこに行くのかは告げないまま移動を続け始めた。やはり、ナツは人目に触れない様に移動していた。
街がある方に近づかず人気がない荒れた道や昼間でも暗い山道を進む。ルーシィはそれに黙って着いて行った。
しかし、無言で歩くだけの時間が過ぎ、黙って前を歩くナツの背中をずっと見ていると、ルーシィの中で溜まった疑問や感情が膨らんでいく。
ルーシィは、それを吐き出しそうになっては我に返るを繰り返し、堪えていた。

このままどこに行くの?
どこに行きたいの?
ハッピーを探さないの?
ねぇ、一緒に探しに行こうよ!

何度も声が出そうになって何度ものみ込む。ナツの背中が遠ざからないように必死に着いて行く。
必死になって焦って石に躓き、こけそうになったルーシィは足を踏ん張って堪えた。
ほっとして顔を上げるとナツが足を止めてこちらを見ている。


「あ…ちょっとぼーっとしちゃって。ねぇナツ、ちょっと疲れちゃった。休憩しよ。」


腕の火傷のせいか、ルーシィは前より疲れやすくなっていた。近くにあった大きな石を背にして座り込む。
ルーシィの行動に合わせるようにナツもルーシィの横にゆっくりと腰を下ろした。
きっと、ナツはルーシィに合わせてゆっくりと歩いてくれている。
それでもすぐに疲れて休んでしまうのはいつもルーシィだった。


(足手まとい…かな。でも離れたくない。一人で…行かせたくない。)


一人思案していると、ナツがルーシィの腕をふいに持ち上げた。
するすると器用に腕に巻かれた包帯を解いていく。


「あ。な、ナツ、いい加減自分でやるからアクエリアスがくれた水返して。」


包帯を解き、持っていた瓶を取り出したナツを見て、その瓶を取り返そうとルーシィが手を伸ばした。
赤く、醜く腫れあがった自分の腕。でも宝瓶宮の星霊がくれた水のおかげで、目に見える早さで治っているのがわかる。
最初に見たときはもっと赤黒く、感覚も思った以上に残っていなかった。
ナツはこれを見て罪悪感でも抱いてしまったのだろうか。
宝瓶宮の星霊がくれた瓶をルーシィに渡さずに、一日に何度も何度もルーシィの腕に塗るのを繰り返す。
最初の頃は感覚があまりなかったので問題はなかったのだが、最近は治ってきて感覚が戻り、ナツがやさしく塗ってくれる感触が伝わってきてどうも恥ずかしい。
ルーシィは、この時間が耐えられなくなり毎回瓶を奪おうと繰り返すのだが、いつも軽くかわされるだけだった。


「うぅ…。」


恥ずかしさに下を向き、ひたすら早く終わるのを待つルーシィ。
手つきが優しすぎてナツとは思えない。


(そういえばいつも恥ずかしくて見てなかったけど、ナツはどんな顔して…)


ふと、ルーシィは僅かな興味で顔を上げた。
ルーシィの腕にたっぷりと塗りこむ作業を繰り返すナツは、気のせいかもしれないが泣きそうな表情でルーシィの腕を見ていた。
ルーシィは慌ててナツの顔を覗き込む。覗き込まれたナツは、ゆっくりとルーシィの瞳を見返した。


(あれ………気のせい…だったのかな…)

「…な、なんでもない、なんでもないよナツ。」


いつもどおりのナツの瞳だった。ルーシィの言葉にナツの視線はルーシィの腕へと戻る。
それからナツが泣きそうに見えることはなかった。



















「おい、ロキ。これはどうゆうことだ?」
「ん?どうって……エルザ、ケーキ好きだよね?」

「好きだが…っ…今はこんなことしてる場合じゃないだろうっ!!」


テーブルを派手に叩いて立ち上がるエルザに、コーヒーがこぼれないようにと慌ててカップを持ち上げる獅子宮の星霊。
二人は山を調べ終わった後、街を転々とし、そしてなぜか街で一番人気というカフェに来ていた。


「エルザ根詰めすぎだよ。ちょっとリラックスしたほうがいい。
ほら、ここのショートケーキ、生クリームが程よい甘さで、すごいなめらかで、最高だよ?甘酸っぱい苺の層とのハーモニーがまた堪らないね。」


エルザの前で見せ付けるようにショートケーキを頬張る獅子宮の星霊。それを見てエルザはぐっと何かを堪えるようにして睨み返した。


「…………まぁ、このケーキに罪はないしな。」


そう言いながら、いそいそとフォークを手に持つエルザを見た獅子宮の星霊は、満足の笑みを隠すようにもう一度ケーキを口に含む。
エルザは、放って置けばナツとルーシィを見つけるまで、休まずに突き進んでいく。
それを見て、獅子宮の星霊は何度もエルザに休もうと提案しては、休んでる場合じゃないだろうやはりルーシィの味方なのか、と叱られた。
いくつもの街を渡り歩き、聞き込みを続けているがナツとルーシィの情報を得ることができない。エルザは、焦っていた。
もちろん表面には出さないものの獅子宮の星霊も焦っている。だがここで倒れてしまっては意味がない。


(ルーシィはきっと、ナツと会えたんだろうな。ナツは、ルーシィを受け入れたのかな……皆が何言っても駄目だったけど。)


契約を解除してからルーシィがちゃんと元気で無事でいるか気になって仕方がない。
最後に見たルーシィは、痛そうに悲しそうに顔を歪めていた。
あのままルーシィを無理やりギルドに連れて帰っても、後悔しそうだった。


(ナツならきっと…ルーシィを笑顔にできるよね。)


しかし、黒く焼け焦げて変色した山に足を踏み入れた時の足に伝わったあの熱を思い出すと不安になる。
ルーシィとの契約を解除せずにギルドの魔導士を辞めて、あのままルーシィと共にナツを探しに行っていたら……そんな考えが過ぎる。


(でも二人でナツを見つけても、ルーシィに隠れてナツを説得しちゃうだろうな。いや、無理やりでもナツを連れて帰ってしまうかもしれない。)
(今更こんなこと考えても意味ないのに。…大丈夫。ルーシィなら大丈夫だ。)


獅子宮の星霊は、不毛な考えを巡らせる自分を自嘲し、ルーシィが無事でいることを切に願って天井を仰いだ。



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