堕ちた先の世界 [ 9 ]

ルーシィは、人目に触れないようにと朝日が昇り始める頃にナツを連れて街を後にした。
充分に街から離れたと安心できる所まで、ひたすらナツの手を引いて歩いていたルーシィが、ふと立ち止まる。
何も喋らず、ただルーシィに引かれて付いて来るナツの顔を覗きこむと、ルーシィは柔らかく微笑んだ。


「ナツ、どこに行きたい?私、どこまでも一緒に行くよ。」

「………………」

「ナツは、どこかに行きたかったんじゃない?ギルドから出て行くとき、私にはそう見えた。どこに行きたいかはわからないけど、一人より二人のほうが絶対楽しいよ。…ね。」

「………………」


瞳はお互いを映しているはずなのに、何も反応が返ってこない。
ここにナツがいる。それは確かなことなのに。ここにはナツの心がないように感じる。
皆を傷つけ、無理やりギルドを出て行ったナツの瞳には、胸を貫くような鋭い痛みと、怒りの感情があったように見えた。
でも、ここにいるナツの瞳は、何の感情も、色も、まったく見えない。
それでもルーシィはナツの瞳に感情の色を見つけようと、目を離さずに繋いだ手を強く握った。


(ナツ、どうして…どうすれば…)


辺りは僅かに霧が漂い、空気が冷たく肌に纏わりつく。
そのまま心も冷えて消えてしまいそうに見えるナツをルーシィは見失わないように見つめ続けていた。


「…そうだ、ナツ、昨日から何も食べてないよね。何か食べに行こっか!」


こっちまで辛気臭くなってはだめだと明るく努めようと笑顔を作った時、ルーシィは背後で異界の門が開く気配を感じた。
獅子宮の星霊はすでに契約解除によってルーシィの居場所を把握できていないはず。
ありえないことなのだが、もしやと思いルーシィは思わずナツを背に庇いながら振り向いた。


「……あれ、アクエリアス?」

「ふん…お仕置き忘れてんじゃねぇだろうな?昨日は手間取らせやがって……覚悟しろよコラ。」

「え?あ。…ちょ、ちょっと待っ!?」


宝瓶宮の星霊は、手に持つ鞭を大きく振り上げる。今?ここで?そんな思いが出てくると同時にルーシィは両腕で頭を庇い身を堅くした。
乾いた鋭い音が鼓膜に届く。でも、なぜか痛みがない。


「………?」


のろのろと腕をどけて視界を広くしたルーシィの目にナツの背中が大きく映った。
宝瓶宮の星霊とルーシィの間には、ナツが立ち塞がってルーシィに向けて振り下ろされた鞭の先を掴んでいる。
ルーシィは、宝瓶宮の星霊の顔が若干青褪めて引き攣っていることを不思議に思い、前を向いて見えないナツの表情を見ようと体を動かした。
下から覗き込むようにしてナツの顔を見るとその視線に気付いたのか、前を見ていたナツの目がルーシィの目を見ようとすっと動く。
さっきと同じナツの目だ。ただじっとルーシィの視線を受け取っている。
でもこのナツの視線がルーシィに向く前は、その瞳に殺気が込められて鋭く吊り上っていたのが、一瞬見えた。


(あれ…もしかしてナツ。私を守ってくれたの?)

(いや、その前に、ナツの感情が一瞬見えた、気がする…)


もう一度ナツの感情を見ようと、探すようにルーシィはナツの目から目を離さずにじっと見る。
ナツは、同じようにじっとルーシィの目を見返した。


「おい。人の存在を忘れてイチャコラしてんじゃねぇ。」

「…へ?い、イチャコラって!?」

「私もこの後、彼氏とデートだ。彼氏出来たばっかりで調子のんじゃねぇぞこら。」

「え、彼氏…!?」

「ったく…ほら受け取れ。」


宝瓶宮の星霊がルーシィに向けて何かを投げつける。
それを受け取ろうと手を伸ばすがルーシィの手にそれが届く前にナツが横からそれを掴んだ。
見たことの無い紋様が入った瓶だ。昨日見たものに似ているが、より大きい。


「それをたっぷり塗るようにしろ。人間界の薬を使うより早くきれいに治るはずだ。…それでも、跡は残るかもしれんがな。」

「アクエリアス…もしかしてこれを届けに来てくれたの?」

「は?調子に乗るな!そこの小僧がいない時にたっぷりお仕置きしてやるから覚悟しとけ!」

「ありがとう、アク 「違うっつってんだろ…!調子乗んなって言ってんのが聞こえねぇのか!」


それでもまたお礼を言い直そうとするルーシィに宝瓶宮の星霊は心底嫌そうに顔を歪めて逃げるように消えていった。



―――僕たち星霊は、ルーシィを大事に思っている―――



獅子宮の星霊のその言葉が、再び胸に響いた。


(私も…大事だよ。ありがとう…)


悲しそうに微笑む獅子宮の星霊の表情を思い出し、その時には言えなかった言葉を胸の奥で唱えた。
大事だ。星霊も。ナツも。そして…。
ルーシィは、ナツを見る。ルーシィが見ると、瓶の中にある液体を見ていたナツの目がこちらを向いた。
その瞳には色はない。けれど、何度もその瞳にルーシィを映してくれる。



大事だよ。



星霊の皆も。ナツも。フェアリーテイルの皆も。そして……



(……ハッピー。ナツが戻ったら、きっと。きっと、見つけてやるんだから。)



いつもなら、一緒にここにいるはずの青い猫のことを想いながら、ルーシィはナツに向けて微笑んだ。





















交代で魔導四輪をフルパワーで稼動させてフェアリーテイルに戻ったグレイとジュビアは、ヘトヘトになりながらも依頼の報告のためにギルドに足を踏み入れた。
すぐにカウンターにいたミラジェーンと目が合う。いつものように帰還の挨拶をしようと軽く片手を上げたグレイだったが、
ミラジェーンは軽やかに、勢い良くカウンターを飛び越えたかと思うと、両手で縋るようにその手を掴んできた。


「うぉ!?…み、ミラちゃん?」
「こ、こここ恋敵!?」

「グレイ!山から戻ってくる途中でリサーナに会わなかった!?」

「………へ?」

「行ってしまったの!私に何も言わずに!」

「…え?どういうことだ?お、落ち着い……」


すごい剣幕でグレイに迫るミラジェーンの背後から、皆の視線が刺さる。
エルフマンがその様子を見てこちらに近づいてくる。


(…何だ?何が起きた?)


「グレイ。リサーナが行ってしまった。ハッピー…ナツ…ルーシィが出て行って…今度は…」

「…リサーナが?まさか!ナツを追ってか!?」

「あぁ……あの山火事の依頼にナツがからんでいる可能性があることを評議院に嗅ぎつかれたんだ。
放火の罪と、今まで誤魔化してきた逃亡の罪も合わせて科せられることになった……。魔法で危害をもたらす危険人物として幽閉されることは確定だ。
フェアリーテイルも…街を混乱させただけでなくナツを逃がした疑いをかけられた。」

「最悪になってきてんじゃねぇか………」

「ナツは何年幽閉されるかわからない、リサーナはそれを知って………」

「…ナツを逃がすために…ってか?」

「違うのよグレイ!!自分がナツを説得してギルドに戻ってくるからフェアリーテイルの皆で自分とナツを評議院に突き出してくれって!ここに!リサーナの置手紙に!これを、読んで…!」


ミラジェーンが震える手で紙切れを広げてグレイに渡す。
そこには、リサーナの決意が示されていた。


「逃がしたのは自分で、フェアリーテイルは関係ないことにしてくれって!フェアリーテイルのためにナツと一緒に捕まるって!でも、それはリサーナにさせない!私が自首するわ!」

「駄目だねーちゃん!それは、漢の仕事だ!俺が…やる…!」


ミラジェーンとエルフマンの声にギルドにいた皆が、いや俺だ。俺がやる、と次々に立ち上がっていく。
リサーナの手紙の最後の言葉を見て、グレイは、小刻みに震えた。


(いや…あの時、ナツを止められなかったのは俺だ。やるなら俺が………!)


皆が譲らずに怒鳴り合う中、グレイの様子を静かに見ていたジュビアが一瞬の逡巡の後グレイの耳にだけ届くように囁いた。


「グレイ様、私まだ魔導四輪を動かせます、行きましょう…!」


グレイの耳にそう聞こえた途端、目の前に水で模られたグレイとジュビアが現れる。
皆は自身を主張する言い合いでこちらに気付いていない。行くなら今しかない。
グレイは、ジュビアの手を引いてギルドから飛び出した。






―――私、ナツを止めることも、何も、できなかった だからせめて、ナツの好きだったフェアリーテイルを守りたい―――






リサーナが守ろうと出て行ったフェアリーテイル。グレイはその想いに胸が苦しくなり夢中で走りながらギルドを振り返った。
いつもギルドが危険に晒された時、皆で闘ってきた。今回もそれは変わらない。人が減っても、誰かがいなくなっても。
皆で闘うんだ。一人で闘ってはだめだ。皆がいるのに、それじゃ何のためのギルドだ?



「グレイ様!早く!乗ってください!」

「ルーシィといいリサーナといい…うちの姫様方は一体なんなんだ!?……あーーーーーーーーーっ畜生!!」



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