堕ちた先の世界 [ 8 ]

「ナツ。もう直ぐ街に着くよ。」


山火事の依頼を受けてこちらに向かっているであろう魔導士や評議院の手の者からナツを守るために
ルーシィはできる限り山から遠くにある街へと向かっていた。日が沈みかかっている。急がなければいけない。
ルーシィは、進む速度を上げると同時にナツの手を引く右手に力を入れた。

あれから何度もナツに話しかけてみたが、ナツは喋らない。反応もいまいちだ。
しかし、ルーシィがじぃと見つめれば見つめ返してくるし、ルーシィが引っ張れば付いて来てくれた。
今はそれで充分だとルーシィは思う。振り返ればちゃんとナツがいる。
それだけのことなのに、それがうれしくて仕方がない。
これからどうやってナツに元気になってもらおうかとルーシィは思い巡らせながら歩いていた。

けれど足が疲れてきたのか膝のあたりの力がうまく入らない時がある。体もどんどん重くなる。
思えば今日は随分足を酷使した気がする、ルーシィはそう思い自分の足を見下ろした。
視線を下へと移した瞬間、くらりと頭が揺れた。そういえば、体もチリチリと熱い。


「ナツ……ちょっと休憩していい…?」


ルーシィは、後ろを歩くナツを振り返った。しかしなぜかナツの顔を見ようとしても視界がぼやけて見えない。
目を擦り、もう一度見ようとするルーシィの視界に映る世界がどんどん白く変化し、チカチカと光る。なんだろう、これ。
そう思った瞬間、ルーシィの体から力が抜けた。
















息苦しいほどの焦げくさい臭いが辺りに立ち込め、灰が舞う。
依頼を聞きつけてすぐに消えない炎が燃え続けているという山へと魔導四輪で向かったエルザ、グレイ、ジュビア、ロキ。
四人は呆然とその山を眺めていた。炎は消え、何も残ってはいない黒く変色した山を。
四人の間に沈黙が続く中、最初に言葉を発したのはロキだった。


「火、消えてるね。………ルーシィかな…。」

「ロキ、やっぱり俺らにナツの情報渡す前にルーシィに言っただろ?じゃなきゃ先越されるなんてありえねぇんだよ。」

「…っ………契約解除までした僕を疑うなんて!……ひ、ひどいよグレイっ!」

「そのワザとらしい仕草が嘘くさいんだよ!」

「グレイ。ロキ。炎が消えていてもまだナツがここにいないという確証はない。手がかりがあるかもしれんし…登るぞ。」

「…ジュビアの力、役に立つところなさそうですね。うぅ…グレイ様と一緒だから、張り切って来たのに…。」


山はどこも黒く焼け焦げていて何も残っていない。
岩さえない緩やかになった黒い山道にどれだけの熱量をもった炎だったのかと想像をして、ぞくりと背筋が震える。
ブーツを通してもまだ足に熱く伝わってくる熱に四人は人知れず、ここにいたかもしれないルーシィの安否を気遣った。


「……何もないな。」

「エルザさん…もしルーシィがここに来てたとして、炎の中に入っていたとしたら…無傷で済んでいるとは思えません。」

「俺もそれを考えていた。近辺の病院を調べよう、エルザ。」

「そうだな。しかし、先に依頼の報告を済まさなければ。一旦ギルドに戻るぞ。」

「…待ってエルザ。ルーシィのことだから僕達が来るのを見越して痕跡を残さず、なるべく遠くに移動しているはずだ。
今追いかけないと行方が掴めなくなるかもしれない。……僕は、ここに残ってルーシィの痕跡を辿っていくよ。」

「……ロキが残るなら俺も残る。お前いざとなったらルーシィの味方に付きそうだからな。」

「僕ってそんなに信用ないんだ…」

「グレイ様が残るならジュビアも残ります!」


四人は皆、互いの顔を無言で見送る。気持ちは同じだった。
早くルーシィと…ナツを見つけなければいけない。


「…仕方ない私がロキと残る。グレイ、ロキが変な動きをしないようにしっかり見張っておくから、お前はジュビアとギルドに戻ってくれ。」

「エルザも僕を疑ってるんだね…」

「わかった。行くぞジュビア!」

「…はい!」


グレイとジュビアが山を降りていくのを見送った後、エルザはロキに向けて鋭い双眸を放った。
やましいことがあるなしに関わらずいつもの習性でロキは思わず身を震わせ身構える。
だが、良く見るとエルザの表情は苦しそうに歪んでいた。


「ロキ。契約解除する時に、ルーシィに会ったんだろ…?ルーシィは…元気だったか?」

「……ん…元気とは言えないかな、辛そうだったよ。でも決意は固かった………僕じゃ引き戻せなかった。」

「そう、か…。」


エルザは振り返る。ジェラールが連行された時に受けた心の痛みを。できれば、同じような気持ちにさせたくない。
ナツも、ルーシィも、この手で守りたい。フェアリーテイルを出て行っても、二人は共に闘ってきた仲間だ。
そして、友人であることには変わりないのだから。


(でもこのままでいいわけじゃない。それは、わかってるんだろう?……ルーシィ。)

















虫の鳴き声が遠くから聞こえる。心地よい音が絶え間なく響く。


「…………ん………」


ルーシィは徐々に覚醒し始めていた。
頭が重い。体が重い。でも自分がどこにいるのか確認しなければという意識だけは、はっきりとしていた。
ゆっくりと起き上がろうとするルーシィの体に不自然な重みがかかる。


「……あれ?…………な、ナツ!?」


暗闇に目が少し慣れた所でようやく自分がベッドに横たわり、薄い毛布の中でナツに抱きしめられている状態だと気付く。
慌てて、もう一度ルーシィは起き上がろうとするが、再びナツの腕の力に押し負けてベッドへと背中を戻した。
ナツは、穏やかな寝息をたてて静かに眠っている。
この眠りを邪魔するつもりはないが、このままだと眠れないしココはどこだ、とルーシィは再び…しかし今度は
その腰から背中へと絡みつく腕をゆっくりと解こうと試みた。


(だめ、全然動かない。どうしよう…。)


思いのほか、がっちりとルーシィの体に絡み付いているその腕はどうやっても振りほどけない。
それでもこれでは眠れないと、しばらく一人で静かに奮闘していたルーシィの両腕に突然激痛が走った。
ルーシィは静かに悶絶した後、何事かと痛みが走った場所を確認すると自身の肩から手の甲までが
ぐるぐると包帯で巻かれていることに気付く。


(…あ。そういえばあの炎の中に手を入れて…あの時すごく痛かった。もしかして火傷…してたのかな。)


綺麗に巻かれたその包帯をしばらく見つめていたルーシィの耳にゆっくりと木が軋んでいく音が聞こえてきた。
扉が開く。暗闇に光が差していく。ルーシィは目を細めた。


「あら…………目が覚めたの?よかった。水、飲む?」

「え。あの?」

「あぁ、そうね気を失っていたから知らないわよね。ここは宿よ。」


その人は宿の主人だった。宿の主人はナツを起こさないようにベッドに近づきルーシィが横になっている傍らに
腰を下ろした後、ここにいる経緯を知り得る限り話した。
ルーシィはナツのことで頭がいっぱいになっていたためか自分の腕がひどい火傷を負っていたことに気付かず、
疲れと相まって倒れこんでしまったようだった。ルーシィはナツによってここに運ばれてきたらしい。

腕に火傷を負ったルーシィを背負ったナツが宿に現れた時、宿の主人はすぐに医者を手配しようとした。
この街には医者がいないため、ここから遠いが隣町の医者を呼ぶ必要がある。
宿の主人は急いでカウンターにある電話を手に取りかけ始めた。
幸いにもすぐに電話はつながり、隣町の医者に怪我人の症状や年齢などのルーシィの特徴を伝えようとした。
しかし、終始無言で宿の主人の行動を見ていたナツによってその電話は無理やり切られてしまったのだという。

怪我はひどい。ちゃんとした治療を受けないとだめだ。そう諭すが、何を言っても行動も反応も表さないナツに
宿の主人はルーシィを横にならせようと一先ず部屋へと案内し、火傷に効く薬と包帯を用意した。


「それで、手当てをしてくれたんですか?…ありがとうございます。」

「いいえ、手当てをしたのは彼よ。あなたに近づこうとしたらすごい睨まれて…用意した薬も包帯も奪われちゃって。」


ふふ、と思い出して笑う宿の主人を見て、ルーシィは顔を赤らめた。
これ、ナツが?と両腕を持ち上げて巻かれた包帯をまじまじと見る。きちんと綺麗に巻かれている。


「でも、すぐにでも医者に診てもらったほうがいいわ。」

「…はい。ご心配ありがとうございました。」


ルーシィは宿の主人に向けて微笑む。でも、医者には診てもらうつもりはなかった。
普通の火傷でないことがばれるかもしれない。そしてなるべく自分の痕跡を残したくない。
ナツも追手を危惧して宿の主人の電話を切ったのかもしれなかった。

宿の主人が部屋を出て行った後、ルーシィはナツの様子を見ようと体の向きを変えた。


「あ……ナツ起きてたの?」


うっすらと開いたつり目がかった瞳と目が合う。
小声で話していたが、耳がいいナツのことだから起こしてしまったのかもしれない。
でも、起きてくれたのならと、ルーシィは腕を解いてもらうためにナツの腕を押して促した。


「ナツ、ベッド狭いし……私ソファで寝るから…っ!?」


その言葉に反抗するかのようにルーシィの体に絡まるナツの腕の力がぐっと強くなる。余計に体が密着してしまった。
ナツの温もりや感触、吐息や心臓の音から筋肉の動きまで、ダイレクトに伝わるようになり、
ルーシィは抑え切れない自分の激しい心臓の音を鼓膜に響かせながら、急激な心拍数上昇に軽く眩暈を起こした。


(ち、違う違う、これはそういうのじゃないんだからっ!落ち着け私の馬鹿!ドキドキしちゃ駄目だってば!)

(ナツが元気になるまで、ナツがそうしたいなら……………慣れなきゃ……な、慣れるのかな……私……)

(…………う、……駄目……心臓が………落ち着かない…………)


拒絶はしたら駄目だ、今はナツの好きなようにさせようという観念から、ルーシィはこのまま寝るしかないと腹を括る。
しかし、ナツが寝息をたてはじめても、ルーシィはずっと寝むれずに固まっていた。

ナツを見つけた一日目の夜は、ルーシィにとって、とても長い夜だった。



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