食事を摂り終え、風呂も食前に入ってしまったもんだからこれといってすることもなく、今は椿と部屋でただ二人。各々の時間を過ごしていた。
そういえば先程椿が立った時に思ったのが、普段より随分小さく感じた事だ。身長が縮むなんてことあるかよ、と思ったが外履きを見て気がついた。コイツ、結構な高さのヒール靴を履いていたんだと言うことに。こんな高さのある靴を履いて歩き回っていたのか。忍でもないのにすごいもんだと妙に感心してしまった。

「なぁ、お前足痛くねえのか?うん」

布団の上で胡座をかきながら、少し離れた椅子に座っている椿へ問いかけた。やはり気になって聞いてしまった。どうせ冷たい返答しか返ってこないのはわかっているのに、つい話しかけちまうんだよな。
椿は表情を崩さず、目線をオイラに向けた。

「何で」
「いや……あんなに高い靴履いてるとは思わなかったからよ、ああいう靴は足が痛くなるもんじゃねえのか。うん?」
「別に、慣れているから何ともない」

どうやら日頃からああいう靴を履いているらしい。男のオイラからしたら考えられないが。それにしても、あんな高い靴を履いてオイラと同じくらいの身長だったから、あの小ささが本来の姿なのか。そう知ると何だか可愛らしく思えてきた。相変わらず表情はないが、コイツのことを知っていけばそんな事は気にならなくなるのかもしれない。確実に椿に興味が出てきた自分に、少し驚いてしまう。

「……あと、ずっと気になってたんだけどよ」
「何」
「飛段達に親も仲間も皆殺しにされて、辛くないのか、うん」

忍でさえ、そんな時は辛く悲しいものだ。椿は忍でもないのに、何故悲しくないのか。本当は辛いのに隠しているんじゃないか。もしそうなら、せめてオイラの前くらいは曝け出してくれたって良いのに。
しかし、次の椿の言葉にオイラは絶句した。

「辛い?何で」

オイラがおかしな事を口走ったかのような、そんな反応に目を見開いた。仲間が死んで何故辛いんだと、その反応で椿がそう聞きたいであろう事を察してしまったからだ。

「何でって……辛くて、悲しいだろ?親しくしていた人間がいなくなったら。オイラだって両親が亡くなった時は、辛かった。うん」

オイラだって、目の前で両親を殺された。あの頃は今よりずっと餓鬼だったから、余りの衝撃に涙しか出なかった。言葉も出なかった。その辛さをわかっているから、今の椿がどんなに辛いか理解してやれると思ったのに。それなのに目の前にいるこの女は、そういう感情はないみたいだ。

「デイダラ」
「何だよ、うん」
「私には感情がないと、始めに言った筈」
「……そんなの、信じられるかよ」
「信じるか信じないかはあなたの勝手。けど、私は嘘は吐かない」

コイツの目を見れば、嘘なんかじゃないってよくわかる。けど、何で感情がないんだ。一度も笑ったり泣いたりした事がないっていうのか。それは人間でも有り得ることなのか。考え込むように俯いたオイラを見て、椿は黙って見ていた。

「あなたは、幸せな環境で育ったのね」
「え、」
「感情が豊かというのは、そういうこと」

今の言葉で、何となくだが一つの仮説が出来た。椿の感情がないのは、やはり育ってきた環境のせいなのではないのか、と。遊女をしていたくらいだし、苦労したのだろうとは思っていたが。どうやら想像出来ないような、深い事情がありそうだ。オイラは恐る恐る問いかけた。

「……椿が育ったのはどんな環境だったのか、聞いたら教えてくれるかい?うん」
「答える理由はない」

ああやっぱり。わかり切っていた回答に思わず笑ってしまった。大体オイラの言う事に逆らうつもりはねえって言ってた癖に、こういう問いかけは基本的に断られている気がする。常に一定の壁を作られているというか。その壁を壊せる日は果たしてくるのだろうか。いつかぶっ壊してやりたいと思った自分に、驚いた。椿を自分専属にしたいと思った時もそうだ。独占したい気持ちだけじゃなく、もっと知りたいと思ってしまう。だが、近づいても一定の壁が邪魔をする。もしその壁を壊せた日が来たとしたら、きっとオイラと椿の距離は縮まっているんだろうな。

「まぁいい。いつかお前が話したいと思える日が来たら、その時は聞かせてもらうからな。うん」
「そんな日が来ることなんて「あーはいはい。わかったから、うん」

否定されるのを聞きたくなくて、つい遮ってしまった。まるでこれ以上踏み入るな、と言われたような気持ちになってしまいそうだったから。オイラもまだまだ弱いってことだな。

「なぁ椿、こっちに来いよ」

椅子に座ったままの椿を手招きで呼ぶ。もちろん断る事なく、すぐに布団までやって来た。オイラは自分の掛け布団を少し捲れば、入るよう促した。素直に自分の布団へ入ってきた椿を、優しく抱きしめた。

「デイダラ……?」
「……今日はもうシねえから、このまま眠らせてくれ。うん」

ただ抱きしめるだけ。セックスもしないで遊女を抱き締めて眠るなんて初めての事だ。急にコイツを可愛く感じたのかもしれない。甘い香りが鼻についたけど、性欲よりも愛おしさの方が増していた。自分の気持ちがよくわからない。椿の事は性欲処理としてしか見ていないつもりだったんだが、確実に初日とは気持ちが違っていた。身体だけじゃなく、椿自身にも興味が出ていた。コイツには感情はないから、きっと今だって何も感じちゃいないだろう。
そう考えると、何故か切なくなる気持ちを隠しきれなかった。




To be continued..




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