ラバーズ(飛段)

 
/甘

 
汝、隣人を殺戮せよ。
私の恋人である男、飛段はそのことをモットーとした教義、ジャシン教を信仰している。誰よりも熱心に、ジャシン教の為なら自らの命を捧げる事だって躊躇わない程に。まぁ飛段は不死身だから死なないんだけど。
しかしこの教義を信仰しているのならば、恋人としていつも隣にいる私や相方である角都はどうなのだろう。まぁ、角都は不死のようなものだから殺さない理由として成り立つのかもしれない。けど、私は?私は不死でも何でもない、暁に属するただの人間であり、犯罪者だ。

私はいつか、恋人である飛段によって殺されるのだろうか?


「あーァ、今日は大した贄をジャシン様に捧げられなくてガッカリだぜ、ホント」

角都と任務に出ていた飛段は、アジトに帰宅するなり早々に普段通りの大きな声でそんなことをぼやいた。リビングの椅子に腰かけていた私は立ち上がり、飛段とその後ろから入ってきた角都へ目を向けた。

「おかえりなさい、飛段、角都」
「おー椿。今日は何してたんだ?」

私の姿を見るなり嬉しそうな様子で笑顔を浮かべながら、飛段は私に声を掛けてきた。そんな飛段に私も笑みを返すが、意識せずとも心の中で考えてしまうのは、やはり先程まで考えていたジャシン教の教義。
殺されるのは別に怖くない。寧ろ愛する恋人に殺されるのならば、それは考えようによっては幸せなことなのかもしれない。けど……私が死んだら、飛段はどうするのだろう。私じゃない、他の女の子とつきあったりするの?私の事なんていとも簡単に忘れて?

そんなの嫌だ、と複雑な気持ちを胸に思わず拳を握りしめた。表情に出ていたのかもしれない。私の様子に違和感を覚えたのか、疑問に思った角都が私に目を向けた。

「どうした、椿。今日は元気がないな」
「そりゃそうだっつの。今日は朝から任務だったし、俺に会えなかったんだから椿が落ち込むのも当然だろ?」
「それは違うな」
「ンだとォ!」

私が返事をする前に飛段が飛段なりの解釈を角都に返していた。いつも通りの騒々しい二人のやり取りをぼんやりと見つめていた私を不審に思ったのか、二人は会話を止めほぼ同時に私を見やった。

「おい椿、確かに様子がおかしいな。何かあったのか?」
「飛段……私、今日考えていたことがあるの」
「ん?なんだよ?」
「あのね、「椿、こんなところにいたのね」

こうなったら包み隠さず正直に飛段に話そう。そして真相を飛段の口から直接聞こう。そう決心し話し始めた時だった。私の声に重ねるように声を掛けてきたのは、小南だった。

「こ、小南!あの、今ちょっと大切な用事が……」
「椿……それは、私よりも大切な用事なの?」

小南の美しい寂しげな瞳に見つめられ、つい言葉が詰まる。最早武器と言ってもいいだろう、誰もが認める美しい顔面でそんな綺麗な瞳を向けられれば無視出来る筈がなかった。
仕方ないと溜め息を吐きたくなるのを堪え、小南に今行くことを告げ、飛段には口パクであとで、と伝えた。飛段が頷いたことを確認し、私は小南の後へ着いていった。


「で、小南。どうしたの?」
「別に大した用ではないの。ペインがあなたにこの任務をするよう命じてたものだから、その事を伝えようと思って」

小南は任務の詳細が書かれた紙を私に手渡し、簡単に説明してくれた。正直今は次の任務が何だろうとどうだって良かった。早く飛段に確認しなければならないのに……。

内心色々と考えながら、私は目の前にいる小南を見て、ふと閃いた。そうだ、小南に相談してみればいいんじゃないの?という事に。小南なら親身に聞いてくれるだろうし、相談相手には打ってつけの相手だ。

「小南、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「私に?あなたが私に相談事なんて珍しいわね」

私は先程まで悩んでいたことを全て小南に話した。想像していた通り小南は親身に聞いてくれ、私が話し終わったと同時に笑みを浮かべた。

「ふふ、随分とかわいらしい悩み事ね」
「へ……?」

私にとっては真剣な悩みなのにも関わらず、小南は軽く受け止めたのか、静かに微笑んだのだった。小南のそんな態度が疑問でしかなく、私はムッと唇を尖らせた。

「あら、拗ねているの?ごめんなさい、馬鹿にしたつもりではないの」
「じゃあ……どういう意味?」
「飛段があなたを殺すつもりでいるのなら、とっくに殺しているんじゃないかしら」

小南は表情を切り替え、今度は真剣な表情を私に向け問いに答えてくれた。

「そんなのわからないじゃない。計画とか立ててるのかもしれないし……」
「椿、あなた本当に飛段にそんな知能があると思っているの?」
「あー……」

ない。ほぼ確実に、いや絶対と言ってもいいか。あの知能が低くて計画性のない、馬鹿な飛段にそんな計画を立てられる筈がない。でも戒律を守らないような真似をするとも、到底考えられない。
私がうーんと首を捻り考えていると、小南はそんな私を見て再び微笑んだのだった。

「私はそろそろペインと任務の打ち合わせをしなければいけないから、行くわね。……椿、大丈夫よ。あなたが心配するほど、飛段はそんな残酷なことを考えていないわ。きっと」

くしゃりと軽く私の頭を撫で、小南は私に背を向け去っていった。

「……本当に、そうなのかな」

小南の言っていた事を信用したいけど、どうしても100%信用出来ていない自分がいて。思い切って飛段に聞いてしまうのが一番手っ取り早い解決方法だってわかってはいるんだけど、やはりその勇気が持てないでいる。まぁ、さっきは勇気振り絞って聞こうと試みたんだけど、間が空くとまた振り出しに戻ってしまった。

「お、いたいた。椿ー」

どうしたものかと首を捻って悩んでいると、背後から悩みの元である飛段の声が聞こえてきた。ゆっくりと振り返ると彼は満面の笑みを浮かべていて、足早にこちらへ近寄ってきていた。

「さっきの話、気になってよ。小南との話は終わったのか?」
「あ、うん……。そうだよね、途中だったもんね」

飛段へ視線を向けると、彼は何も考えていなさそうな馬鹿っぽい顔をしていて(本人に言ったら怒られるから内緒で)やはり思い切って聞いてみた方がいいんじゃないかと思えてきた。
小南が言っていた、飛段はそんな残酷なことを考えていないって言葉を信じてみようと思う。

「飛段、飛段は私を殺すつもりでいるの?」
「はァ!?なんだよ、いきなり。つーか何をどう考えたらそんな考えになるわけ?」

飛段は驚いたように目を見開いたかと思えば、そんな言葉を口にした。

「だって……飛段はジャシン教でしょ?ジャシン教は汝、隣人を殺戮せよっていうのをモットーにしてるじゃない。だから……」
「あー……そういうことか。角都もお前の様子がおかしいから疑問に思ってたけどよ、まさかそんなこと考えてたとはな」
「そんなことって……大事なことでしょ」

飛段にとっては近しい人を殺すことだって、軽いことかもしれない。でも私は違う。そりゃ、忍だし犯罪者だけど。恋人の死まで軽く考えれるほど出来た忍じゃない。
胸の内をようやく話せたことで少し安堵したものの、飛段の返答が怖い。俯き無意識に溢れそうになる涙を必死になって堪えていると、飛段の困ったような声が聞こえてきた。そして次の瞬間には、優しい掌が私の頭を撫でてくれていた。

「椿、俺はそんなこと考えてねえよ。確かに椿を殺さねえってのは、ジャシン様の教えに背くことになる。けど、それ以上に俺は……」

私が顔を上げたとほぼ同時に、飛段は私をぎゅっと抱きしめた。そして耳元で

「お前が隣にいることが何よりの生きがいなんだ。ジャシン様以上にな」

そう囁いたのだった。
始めは思考回路が停止してすんなり飛段の言葉が頭に入ってこなかったが、少し経って言葉の意味を理解した途端に顔に熱を帯びていくのを感じ、私は恥ずかしさから飛段の胸元に顔を埋めた。

「だから、絶対殺さねー。無駄な心配してんじゃねえよ、バーカ」
「う、仕方ないでしょ!そう、思っちゃったんだから……!」
「つーかそのつもりがあったら、とっくにそうしてるっつーの」

あ、小南と同じこと言ってる。やっぱり小南の言ってたことは正しかったんだ。飛段から直接聞くと、さっきまであんなに悩んでいたのが嘘のように安心感で満たされ、自然と笑みが溢れた。
未だに飛段に優しく抱きしめられたままで、私も飛段の背中へ腕を回した。

顔は見えないけど、飛段が嬉しそうに頬を緩ませたような気がした。

「愛してるぜ、椿」


fin




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