満開の桜の木の下で(デイダラ)

 

「花見がしたいだ?うん?」
「そう!桜が満開だって聞いてね、デイダラと花見デートっていうものを経験したいと思って!あのね、花見デートっていうのはね……」

久しぶりの休暇日。彼女である椿に会う為、部屋へ入って早々に彼女から放たれた台詞に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。椿は目を輝かせながら嬉々とした様子で花見デートとやらの魅力を語り出した。正直花見とやらに微塵も興味は湧かなかったが、椿のキラキラ輝く瞳と行きたそうな様子を見ていると、不思議と行ってもいいかという気持ちになってきた。
一通り話し終えた椿は、少しだけ不安そうな表情を俺に向けた。恐らく俺が乗り気になってくれたのかが不安なのだろう。俺が軽くため息を吐くと何を勘違いしたのか、少しだけ怯えたような表情を浮かべていた。そんな椿を愛おしく思い口角が上がりそうになったが、グッと堪えた。

「はぁ、仕方ねぇ。今日は暇だし付き合ってやるよ、うん」
「え、本当に……!?」
「ただし、俺が退屈だと感じたらさっさと退散するからな、うん」
「大丈夫だよ、退屈しないようにお弁当だって張り切って作ってあるんだから!」
「なっ、もう作ってあるのか……」
「断られてもお弁当ならどこでも食べられるでしょ?さーて、そうと決まったら早速行こう!」

椿に言われるがままに手を引かれ、駆け足でアジトを後にした。椿の少しだけ強引なところは嫌いじゃない。ただの生優しい女より、こういう女の方が好みだ。多少お転婆なくらいが飽きないし丁度いい。だからこそ、俺はコイツに惹かれたんだろう。
そんな事を頭の片隅で思いながら椿の後ろ姿をぼんやりと見つめ、手を引かれるがままに歩みを進めて行った。






暫し歩いたところで、椿はようやく歩みを止めた。顔を上げると、そこには一面満開の桜が咲き誇っていた。思わず魅入ってしまうと、椿は振り返って満足げな笑みを浮かべた。

「どう?綺麗でしょう?デイダラの芸術論にもピッタリだと思うんだ」
「俺の……芸術?」
「桜は儚く散りゆく一瞬の美……そうは思わない?」

桜の木を見上げると、桃色の花弁が陽の光を受けくるくると舞いながら降ってきた。その余りの美しさに、言葉を忘れてしまうくらいに見惚れてしまった。

「デイダラならきっと、桜を気に入ってくれると思ってたんだ」
「……へぇ、よくわかってるじゃねぇか。うん」
「当たり前でしょ?私はデイダラの彼女なんだから」

自慢気に笑みを浮かべる椿を美しく、ただ愛おしく思った。儚く散る桜も捨て難いが、俺にとって一番の芸術は椿なのだと思った。椿に勝るものなんてある筈がない。
レジャーシートを敷き、お弁当を並べ始める椿をぼんやりと見つめていると、椿は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「デイダラ、突っ立ってないで座ったら?」
「うん?あぁ、そうだな……」

促されるがままにシートの上に腰を下ろせば、椿の美味そうな弁当に興味を惹かれた。おむすびに卵焼き、唐揚げにタコの形をしたウインナー……どれもこれもが美味しそうで、魅入ってしまう。椿はこういう家庭的な一面も魅力の一つなのだ。

「さぁ、召し上がれ。この卵焼きは自信作だよ!」
「そうか、じゃあ遠慮なく頂くぞ。うん」
「どうぞ」

椿の自信作である卵焼きを一番に口へ運べば、ほんのりと甘さが口の中いっぱいに広がり、幸せな気持ちにさせられた。こんなに愛情の篭った手料理を食べるのはいつぶりだろう。箸が止まらず、次々と料理へ手が伸びる。
そんな俺を椿は幸せそうに、しかしどこか切なそうに微笑を浮かべながら見つめていた事なんて気づきもしなかった。

「……ねぇ、デイダラ」
「うん?」
「桜って、本当に一瞬で散ってしまうよね」
「そうだな、うん」
「私達は、そんな事ないよね?」
「……どういう事だ、うん?」

どこか儚げで悲しげな表情を浮かべた椿を不思議に思い、一旦箸を置き問い返した。

「私達はずっと、一緒にいられるよね?互いに犯罪者という立場で、いつ死んでもおかしくないけれど……」
「…………」
「デイダラと来年も再来年も、こうして一緒に桜を見たい」
「……馬鹿だなぁ、椿は」
「……え?」
「ほら、来いよ。うん」

今にも泣き出しそうな顔をしていた椿を手招きすれば、素直に俺の隣へ腰を下ろした。そんな椿を優しく抱き締めれば、椿は驚いたのか少しだけ身体が硬直したのが直に伝わってきた。
こんな真昼間に外で抱き合ったりなんかして誰かに見られてもおかしくはないが、そんな事はどうだって良かった。寧ろ見られても構わないという気持ちにさえなっていた。例え見られたところで不都合な事は何一つないからだ。

「未来なんてどうなるかわからねぇが、今からそんな事考えたって仕方ないだろ、うん?」
「……そう、だけど」
「椿と会う前まで、俺はいつ死んでもいいと思ってた。最後は儚く散って芸術的な最期にしたいってな……けど、今は違う」
「……?」
「一日でも永く、椿と過ごしたいと願うようになった。一瞬の美を謳う俺が、お前との時間だけは永久を求めるなんておかしな話だが……」
「デイダラ……」
「だから、俺はそう簡単には死なねぇよ。椿の事だって簡単には死なせねぇ。俺らが願うなら、来年再来年もこうして桜を見に来られる。……そうだろ、うん?」

至近距離で椿と目を合わせながら言葉を伝えれば、椿は目を潤ませながらも微笑み、数回頷いた。

「そうだね、デイダラの言う通り……また来年も、一緒に来ようね」
「そうだな。約束だ、うん」

ゆっくりと顔を近づければ、椿は頬を少しだけ赤らめながらも目を閉じた。大量の花弁がちらちらと舞い散る中で、触れるだけの接吻を交わした。椿の柔らかい唇が名残惜しくて、幾度も角度を変えながら接吻を繰り返す。舌を入れようと舌先同士が触れた瞬間、椿によって身体を突き放されてしまった。

「なんだよ、いいところだって言うのに……うん」
「だ、だって……!もうっ、こんなところで何考えてるの!」
「何って……ふーん?椿はエッチな事でも考えちまったのか、うん?」
「はぁ!?ちっ、違うもん!」
「まぁ、続きは帰ったら、な?」

耳元で囁くように伝えれば、今度は耳まで真っ赤にした椿がいた。

周囲に人はおらず、そんな俺らを見守っていたのは満開の花を実らせ、咲き乱れる桜の木々だけだった。



fin




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