不器用な彼女(デイダラ)

 

今日は五月五日。俗に言う「子どもの日」と言うらしいが、俺が言いたいのはそんなくだらない日の事じゃない。今日は俺の生まれた日……そう、誕生日なのだ。
しかもただの誕生日じゃない。恋人がいる、特別な誕生日だ。俺には愛おしい彼女の椿がいる。彼女であるなら、愛する恋人の誕生日を祝おうとするのは当然だろう。椿は一体どうやってお祝いしてくれるのだろうと、情けない事に一ヶ月も前から気になってしまい、アート制作さえも集中出来ない日々を送っていた。

そして当日を迎えた今日。一ヶ月も前から集中力を切らせてしまうくらいに、気になって仕方がなかったのだ。落ち着いた心境でいられる筈もなかった。
ソワソワと廊下を行ったり来たりと無駄足を踏んだり、髪の毛を結っては気に食わず解いて結い直したり、外套のほつれに気がつき糸を引っ張れば、千切れずに腹を立てて脱ぎ捨てたりと、側から見たら犯罪者ともあろう者が何を落ち着きなく動き回っているのかと思うだろう。俺だって、椿に出会う前はこんなんじゃなかった。全ては椿が俺を魅了させたのが悪い。椿のせいだ。俺は悪くねえ。

時計の秒針が音を刻む度、不穏になっていく心情。普段よりもずっと時間が経つのが遅く感じる。先程から全く時間が経っていないのではないかとさえ、思えてくる。
本来なら椿が朝一番に俺のところへ来て「誕生日おめでとう!」くらい言ってくれるもんかと思っていたのに、昼間になっても椿が俺の前に姿を見せる気配は一向にない。俺が落ち着かないのも無理はないだろう。
頭を掻きむしった後、耐えきれなくなった俺は勢いで椿の部屋へ押しかけてやる事にした。本日の主役が自ら出向いてやるんだから、感謝してほしいものだな。

「おい、椿!」

扉を叩く事もせず、その勢いのまま椿の部屋の扉を乱暴に開けた。

「え、デイダラ……?」

ベッドに寝そべりながら雑誌を手に寛いでいる椿の姿を捉えれば、ズカズカと大きな足音を立てながら、椿の寝転ぶベッドへと近づいた。そして開口一番に放つのは、今日は何の日かと言う問いかけだ。声を大にして問いかけてやれば、椿は何事かと言いたげな、キョトンとした表情を浮かべていた。
まさか、まさか椿、俺の誕生日を忘れているんじゃないだろうな……!?
妙な焦りから、額に汗が滲んでいく。表情には出さないが、酷く動揺して焦っているのだと自覚してしまう程に、動悸が激しい。俺とした事が、らしくもない。生唾を飲み込み、黙って椿の返答を待つばかりだった。こんな時に限って、すぐに答えてくれない。焦ったい。早く答えてくれ。じゃないと俺の心臓は持ちそうにねえよ、なぁ椿。どうか、どうか、今日が何の日かを忘れたりなんかしないで「ああ、今日?こどもの日でしょ?」

…………忘れてやがる……!!
嘘だろう、何かの冗談だろうと、余りの衝撃に一瞬頭が真っ白になったが、瞬時に我に帰り、椿に何から言ってやろうかと思考を巡らせた時だった。
椿は読んでいた雑誌を徐に閉じたかと思えば、勢いよく立ち上がった。そして愛らしい満面の笑みを浮かべ、俺の胸が高鳴ったのも束の間……

「あ。私、角都に呼ばれてたの忘れてた〜☆という事だからもう行くね!まったねー、デイダラ!」
「はぁぁ!?あっ、おい!椿……っ、」

まるで逃げるかのように素早く部屋を出て行ってしまった椿。なんて事だろう。彼女ともあろう者が、彼氏である俺の誕生日を忘れているだなんて、絶対にあってはならない事だろう。しかもこんな日に、逃げるように俺から離れて行くとは何事だろうか。
余りに一瞬の出来事に呆気に取られ、頭が真っ白になってしまったが、冷静になると募ってくる苛立ち。行き場のない怒りを無理矢理飲み込もうとしたが、抑えきれずに拳で壁を思い切り叩いてしまった。じわりと滲む血と痛み、そして悔しさから顔を歪めた。

「……何でだよ、椿……」

今日という日をどれだけ待ち侘びていた事か。彼女がいる誕生日なんて生まれて初めてだから、どれだけ幸せな日になるんだろうと胸躍らせていた、昨日……いや、つい先程までの自分に喝を入れてやりたい。情けない、恥ずかしい、格好悪い……色々な感情が入り混じって、複雑な心境だ。
呆然と椿の部屋で立ち尽くしていても仕方がない。トボトボと部屋を後にすれば、最も会いたくない相手に出くわしてしまった。

「デイダラか。何だ、顔色が悪いな。熱でもあるのではないか?」
「い、イタチ……!」

神様なんて信じちゃいないが、今日ばかりはとことん神は俺を見放したらしい。誕生日という本来なら幸せであろう日に、一番嫌いな男に会ってしまうなんて心底ついていない日だ。普段ならそう会う事もないというのに、何故、今日に限って……!
いっその事、無視を貫いてやろうかとも思ったが、反応してしまった以上は無理がある。眉間に皺を寄せながら、思い切り睨みつけてやった。

「……別に俺を憎むのは構わないが、今日くらいは笑っていたらどうだ」
「……うん?」
「今日は、誕生日なのだろう?」

その言葉に、一瞬理解が出来ずに硬直した。そしてようやく奴の言葉の意味を理解すれば、血の気が失せて、顔が青ざめていった。

「な、な、何でてめえがそんな事知ってんだよ!?気持ち悪ィんだよ、うん!」

余りの気色悪さに、瞬時に距離を取ってイタチを指差して怒鳴った。俺の顔は、未だに青ざめたままだろう。
するとイタチは呆れたように息を吐き、髪をかき上げた。そのスカした態度が益々気に食わないが、睨みつけるだけに留めてやった。

「椿が……」
「あぁ?」
「……いや、何でもない。それより、そろそろ気がついたらどうだ」
「は……?何を言ってんだよ、うん」
「……まだ、気がつかないのか」

イタチの言葉の意味がさっぱりわからない。首を捻って考えるも、簡単に答えが出るはずも無い。

「……デイダラ」
「なんだよ、うん」
「これは、幻術だ」
「……はぁ?そんなわけ、」

そこまで言いかけると、急に辺りが真っ白になった。何が起こったのかはわからない。幻術だと言い放ったイタチの台詞が頭の中を駆け巡る。一体、いつから俺は幻術の世界に取り込まれていたんだ……?いや、そもそも幻術な筈がない。これが幻術だなんて、そんな馬鹿な……

「っ、!?」

ハッと目を覚ませば、一番に青空が目に飛び込んできた。状況を把握しようと周囲を見回せば、そこは森……草むらの上に座っていた。そよ風が頬を撫でたと同時に、後ろから優しく抱きしめられ、驚きの余り身体が跳ね上がった。先程の出来事から、まさか相手はイタチじゃないだろうなと青ざめたが、この甘く優しい香りはイタチではない。俺の愛する恋人、椿の香りだ。
ゆっくりと顔を横へ、視線を後方へ向ければ、愛おしい椿が微笑んでいた。これは、夢ではないだろうか。それとも、まだ幻術なのだろうか。未だに状況を理解出来ずにいれば、椿は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「デイダラ、どうしたの?」
「椿……俺は、」
「ふふ、大丈夫。これは現実だよ」
「え……っ、おま、何で知って……!?」
「だって、私がイタチに頼んでかけてもらったんだもん」

椿の言葉に頭がついていかず、理解するまでに暫し時間がかかってしまった。イタチに頼んだ?俺に幻術をかけろと?何故椿がわざわざそんな頼みを、よりにもよって俺の一番嫌いなイタチなんかに頼むんだ……?
理解すればする程、込み上げてくる苛立ちと嫉妬心。俺の表情が曇っていくのを感じ取ったのだろう。椿は慌てた様子で話を続けた。

「デイダラ、何か勘違いしてるんだろうけど……イタチと何かあったとか、そんな事は一切ないからね?」
「はぁ……?じゃあ何でわざわざイタチに、しかも幻術かけろなんて頼み事してんだよ、うん」
「それは……少し、時間が欲しかったからなの。デイダラと鉢合わせになったりしないように、時間を稼いで欲しかったから……イタチに頼んだの。どうにかならないかって」

頬を人差し指で軽く掻きながら、少し照れたように微笑を浮かべながら話す椿。苛立ちや疑問は残ったままなのに、やっぱり愛おしい椿を目の当たりにすると、全てを許してやりたくなるくらいに、俺は椿に魅了されているのだと改めさせられた。

「……ふうん、けどよ、だから何でイタチに頼むんだよ?イタチは俺の一番嫌いな奴だって、椿だって知ってるだろうが。うん」
「今日アジトにいるのはイタチと飛段、角都、トビ……だよ?飛段とトビなんて頼りにならないし、角都なんて協力してくれる筈もないでしょ?頼めるのはイタチしかいなかったから、だよ」
「じゃあ、椿は今日が俺の誕生日だって、覚えてたってことか……?」
「そんなの、当たり前でしょ?」

先程の椿は幻術……つまりはイタチが作り出した幻の椿。幻の世界だったと言うわけだ。という事は、今日の始めから奴の瞳術に嵌められていたという事か……!?だとしたら、それ程情けない事はない。一体いつ嵌められたのか、それさえ記憶がない。
それにしても、俺の誕生日を忘れている椿だなんて、悪趣味な幻にも程がある。これはイタチ本人の嫌がらせに違いないと確信した。何てタチが悪い……やっぱりアイツは好かない。大嫌いだ。

「……デイダラ」
「うん……?」
「騙すような事をして、ごめんね。私ね、デイダラの誕生日をどうやってお祝いしようか、どうしたらデイダラが喜んでくれるのか、半年も前から毎日考えてきたの。結局思うように準備が出来なくて、こんな事になってしまったけど……デイダラを怒らせたかった訳じゃなくて、その、「もういいって、うん」

身体ごと振り返り、今度は俺が椿を抱きしめた。椿は驚いたのか、焦ったように「え、あ、」と辿々しく言葉にもならない声を発していた。
不器用な彼女を持つと苦労させられるもんだ。椿に悪気があってこんな事をした訳じゃない事は、十分理解した。日頃からわかっていたが、椿は本当に不器用な奴だ。何をするにも真っ直ぐ突き進めばいいものを、余計な事をするから遠回りになる。そして相手に誤解を与える。終いにはどうして良いかわからなくなって立ち止まったりする。けど、そんな椿を好きになったんだよな、俺は。
思わず笑みが溢れれば、椿は不思議そうに「ん?」と小首を傾げたようだった。

「いいや、何でもねえよ。うん」
「そう……?」
「で、椿。俺の事を祝ってくれるんだろ?うん?」
「……っ、もちろん!たくさん考えてるんだから!……あ、でも、これじゃサプライズにはならないね……」
「不器用だなぁ、椿は。……じゃ、俺の誕生日はこれからだな、うん」

満面の笑みを浮かべてやれば、何故か頬を赤らめる椿。不思議に思う暇もなく、椿に手を繋がれれば共に立ち上がり、「まずは一緒にお出かけだよ!」なんて笑顔で言われれば、嬉々として頷く事しか出来ない。

どんな一日に、どれだけ最高な誕生日になるのだろうと、幼い子どものように胸を躍らせるのだった。



Happy Birthday, Deidara !





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