SNSで出会った彼(デイダラ)

 

「今日は休日だけど、する事がなくて家でゆっくりしてるよ。そちらはどうですか?……っと」

雲一つない上天気。柔らかい日差しが窓越しに差し込んでくる。今日は久しぶりの休暇日で私はすっかり浮き足立っていた。こんなに気持ちの良い晴天日なのだから出かければ良いものの、最近忍界で流行り始めたスマートフォンを片手に自室のベッドへ寝転び、とあるアプリを開いてメッセージを打ち込んでいた。

「あっ、もう返事が来た!」

ピコンッと通知音が鳴り響き、喜びを瞼に浮かべる。
近頃スマートフォンが普及し、とあるアプリが流行しつつあった。その名も「マッチングアプリ」というものだ。簡単に自分のプロフィールを設定し、見知らぬ人とアプリを通じて知り合いメッセージをやり取りしたり気が合えば直接会ったりする……簡単に言うとそのようなものだ。まさか忍の世でこのようなものが流行るとは思いもしなかったが、実際使ってみると案外楽しくて、既に心を奪われつつあった。

そんな私が今やりとりしている相手は同い年の男性で、プロフィールを見る限り岩隠れに縁があった人らしい。趣味は芸術……と、よくわからないが、どこか惹かれてどちらともなくコンタクトを取ってマッチングし、やりとりし始めて数日が経過していた。名前はアートさん。顔写真は設定されていない為顔はわからないが、他愛ないメッセージをやり取りしているのがとても楽しくて心地良かった。

「えっ……?」

アートさんから来た返信内容を見て、私は驚き言葉を失った。

「……今日、会いに行く……って」

メッセージには確かにそう書かれていた。私もアートさんに会ってみたいとは思っていた。でもまだやりとりし始めてたったの数日だし、そもそも会える?と聞くのではなく会いに行く……って完全に自分都合じゃないかとか突っ込みどころ満載ではあったが、既にアートさんに惹かれつつある私からしたら胸躍る展開だった。
しかしこんな急に会いに来るだなんて。そもそもアートさんは岩隠れに縁があったとはいえ、今はどこにいる人なんだろう。プロフィールには現住所は空白になっていたからわからないままだし、やりとりする上で何となく聞いてみたこともあったけど何故かはぐらかされてしまったし。
ピコンッと再び通知音が鳴り、確認するとアートさんから続けてメッセージが届いていた。

「なになに……これから向かうから、指定する場所まで来てほしい……えっ、そんな急に!?」

指定された場所は岩隠れの外れにある、人気もなく監視すらされていない場所……所謂無法地帯だった。里の人間でもない限り到底知り得るはずのない場所だが、今の私は冷静な思考を失っていた。何故アートさんがこんな場所を知っているのか、考える余地もなかった。とにかく今は、アートさんに会う為に支度をしなければ。
大慌てでベッドから飛び起き、身支度を始めた。アートさんって一体どんな人なのだろう、と頭の中で想い描きながら。





「ここよね……アートさんが言ってた場所って」

普段より念入りに身支度を済ませた後、すぐに指定された場所へと駆けた。辺りは静まり返り、あまりの人気のなさに恐怖心を覚えるくらいだ。この場所の存在こそ知っていたものの、足を運んだのは初めてだった。
その時、ちょうど背後から気配を感じゆっくりと振り返った。

「お前が椿か、うん?」
「アート……さん……?」

そこに立っていたのは、整った顔立ちをした黄金色の長髪がよく似合う、綺麗な青色をした瞳が印象的な青年だった。思わず見惚れてしまったが、アートさんの格好を見て驚き目を見開いた。黒い装束に赤い雲模様……間違いなく長から耳にした事があるS級犯罪者集団、暁だ。
次にアートさんの額当てに目を向けた。岩隠れのマークに、傷が刻まれていた。暁の中には元岩隠れの忍もいると耳にした事がある。信じたくないがもしかしなくてもアートさんは、岩隠れの抜け忍で暁所属のS級犯罪者……!?

「っ……」

戦闘態勢に入るべきなのだろうが、アプリでやり取りしていたアートさんはとても犯罪者とは思えないくらいに優しい人だった。例え偽りだったとしても、私はそれが本当のアートさんだと信じたい。里の為を思えばここでアートさんを拘束すべきだという事はわかっているけど、相手はS級犯罪者。私一人では到底敵わないだろう。
せめて距離を取ろうとじりじりと後方へ下がったが、容赦なくアートさんは私に近づき、捕らえるように手首を掴み動きを静止させた。

「おい、どこ行くんだよ。うん?」
「どっ、どこも行かないけど……」
「ふうん。その割には逃げたそうに見えるけどな、うん」
「そんな事ない……!アートさんに会えるの、すごく楽しみにしてたし……」

素直に気持ちを伝えると、アートさんは驚いたように目を見開いた。そして嬉しそうに口角を上げると、掴んだままの私の手首を引き寄せ、そのまま抱き締めた。突然の事に驚愕し、身体が石のように硬直した。頭が真っ白になり言葉が出てこない。そんな私を嘲笑うかのようなアートさんの含み笑いが聞こえてきた。吐息が耳元を擽り、無意識にぴくりと身体が反応した。

「椿、オイラが今日ここに来たのは何故だかわかるか、うん?」
「何故って……私に会いに来たんじゃないの……?」
「ああそうだ。けどそれだけじゃねえ。お前を攫っちまおうと思ってな、うん!」
「えっ……!?」

アートさんの身体が一瞬離れたかと思いきや、次の瞬間には背中と膝裏に腕を回され、抱き上げられていた。俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。その状態のままアートさんは鳥のようなものに飛び乗った。鳥が飛び立つと共に、ようやく降ろされた私は思考もついていかず力が抜けてしまい、その場に座り込んだ。

「どうした、怖気付いたのか。うん?」
「そ、そんなことは……っ、それより!私を一体どこへ連れて行くつもり!?」
「言っただろ、お前を攫っちまおうと思ってってな」
「……私を、殺すつもり?」

恐る恐る問いかけると、アートさんは黄金色の長髪を風に靡かせながら楽しそうな様子で口角を上げた。

「ンな事するわけないだろ。まぁ、これに懲りたら安易に見知らぬ奴と会おうとしない事だな、うん」
「……っ、アートさん、」
「ああ、それとそのアートって名前な、適当につけただけだから忘れろ。流石に本名であんなアプリは使えなかったからな、うん」
「じゃあ、あなたの名前は……?」
「デイダラだ、うん」
「デイダラ……」

どこか聞いた事がある気がする。当然か、S級犯罪者で岩隠れの抜け忍だったら指名手配されている筈だもの。
目の前に自里の抜け忍、それもS級犯罪者がいる……捕える事が出来たら里の者達にどんなに喜ばれるだろうか。でも、何故だろう。デイダラさんは根っからの悪人だとはどうしても思えない。アプリで散々やりとりしたせいだろうか。本来なら会った瞬間に殺されてもおかしくなかったのに、そうするどころか私をどこかへ連れ去ろうとしている。殺すつもりもないなんて一体何を考えているのかさっぱりわからないが、今の私には何も成す術はない。黙ってデイダラさんに着いて行くしかないのだ。
軽く息を吐き、改めてデイダラさんを見つめる。長髪を風に靡かせて、私に向けられた青色の瞳はやはり綺麗で見惚れてしまう。不意に先程抱き締められた温もりを思い出し、急にデイダラさんを意識してしまい唇を噛み締めた。

「ま、悪いようにはしねえよ。大人しくしてたらな、うん」

そう言ってデイダラさんは私に背中を向けた。見た目はどこか可愛らしいのに、背中はがっしりとしていて逞しい。そんな逞しい背中を見つめていると再びデイダラさんを意識してしまいそうになり、慌てて首を振った。
そもそも一体どこへ向かっているのか見当もつかないが、デイダラさんは何故か楽しそうな様子だ。私を殺すつもりはないけど何かに利用するつもりとか……はたまた岩隠れの情報を得る為に人質にするつもりなのか……もうそんな最悪な状況しか思い浮かばない。アプリでやりとりしていたデイダラさんはとてもそんな人には思えなかったけど、実際はどうなんだろうか。そんな事を考えながら、ぼんやりとデイダラさんの背中を見つめる事しか出来なかった。

景色は変わりゆき、ここがどこだか相変わらず見当もつかないが、見慣れない湖が視界に入ってきた。透き通るような空の色を映しているような青色で、まるでデイダラさんの瞳の色のように美しかった。
つい見惚れている内にゆっくりと湖の近くへ着地し、デイダラさんに降りるよう促され、手を引かれながら鳥から降りた。

「あの……ここは……?」

ここがどこかはわからないが、見慣れぬ湖に連れてこられたという事だけは理解出来た。でも一体どうして湖なんかに連れてきたのだろうか。疑問をそのままデイダラさんに問いかけると、デイダラさんは一瞬口角を上げ湖へ顔を向けた。その横顔はどこか儚げで、ただただ美しかった。

「ここは誰にも言った事もなければ連れてきた事もない、オイラだけのお気に入りの場所でな」
「お気に入りの場所……?」
「いつの日かここに連れてくるのは、大切な奴だけだって決めてた、うん」

そこまで真剣な瞳で言うと、デイダラさんはその眼差しを私へ向けた。互いの視線がどこか甘く絡み合い、少しでも意識を逸らすように無意識に唇を噛み締めた。湖を渡ってくる風に吹かれ、沈黙の時間が流れた。それは一体どういう意味なのか、問いかけようと口を開こうとするも勇気が出ない。だって、もしも勘違いだったら恥ずかしすぎる。それに私たちはやりとりはしていたものの、会ったのは今日が初めてなのだ。大切な人だとかそんな事ある筈がないじゃないか。そんな事を頭の中でひたすら考えていると、一歩ずつゆっくりとデイダラさんが近づいてきて、先程と同じように優しく抱き締められていた。デイダラさんの優しく甘い香りに包まれ、その香りが鼻腔を擽り安堵感を覚えた。

「椿と知り合って、たくさん話してる内に惹かれちまって……今すぐ会いてえって、オイラの物にしたいって衝動的に会いに来ちまったんだ、うん」
「…………」
「椿がオイラの事をどう思っていようと関係ねえ」

そこまで言うと少しだけ身体を離し、私の両肩を掴んだまま真剣な瞳を私へ向けた。

「オイラの女になれ、うん」
「えっ……」

次の瞬間には後頭部へ手を回され、そのまま引き寄せられていた。気付いた時にはデイダラさんと私の唇が甘く重なり合い、突然の事に驚き頭の中が真っ白になったが拒絶する気持ちは一切湧かず、デイダラさんを受け入れるように瞳を閉じた。
元々、私だってとっくにデイダラさんに惹かれていたのだ。だからこんな急な誘いにも関わらず、警戒する事も断る事もなく、ウキウキしながら指定された場所まで足を運んだ。流石にS級犯罪者と知った時は驚いたものの、だからと言って嫌いになるとか冷めるとか、そんな気持ちには不思議とならなかった。好きだというその気持ちだけで、ここまで来たのだから。

「デイダラさん……」
「うん?」
「ふふ、何でもない」
「……変な奴だな、うん」

嬉しそうに微笑んだデイダラさんを誰よりも愛おしく感じる私は、とっくに彼の虜になっていたんだ。


fin




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