優しい悲劇1



言葉だけでいいと思っていた。

「愛してる」

「ありがとう」

その言葉と君の笑顔があれば俺はそれだけで大丈夫だと信じていたんだ。

「え…別れた?」

激震が走った。
仕事から寮に帰ってくると、ソファで泣いているおあいて2から彼女に振られたという報告を受けた。
コイツは俺と一緒で一般の女の子と付き合っていた。
どんなに忙しくても毎日欠かさず連絡をとっていたし、時間を作って会いに行ったりしててとても上手くいってたと思っていたのに…

「…寂しかったんだって。全然会えないから。電話やメールでどんだけ連絡とっててもやっぱり会えなきゃ意味ないって言われて…それで他の男に…」

そして泣き続けるおあいて2。
彼女に本気だったのは知っていた。

「おあいて…俺…自分なりに出来る事頑張ってたつもりだけど…そんな事言われたらもう…」

体育座りをして、顔を膝に押し付けて泣き続ける親友の隣に座って、話を聞きながら背中を擦ってやる事ぐらいしか出来なかった。

「声を聞けるだけで大丈夫って言ってくれてたのに…」

おあいて2の嘆きが虚しく床へ落ちる。

あぁ、彼女は嘘をついていたんだ。
コイツの為に無理していたんだ。
それがとうとう限界にきて…

そう考えた途端、自分の視界が暗くなった。
目の前のおあいて2の姿は、近い将来の自分かもしれない。
今まで一切の曇りがなかったなまえとの関係に初めて不安を感じた瞬間だった。

「今日はね、友達と昼休みに外にランチに行ったの!それでね…」

「うん…」

電話越しのなまえの楽しそうな声。
中々会うことが出来なくても、毎日こうやって電話をする。
毎日の君の出来事の話を聞いて、他愛ない会話をするだけで元気を貰えてたけど…

「おあいて…どうしたの?何か元気ないみたいだけど…大丈夫?」

「何でもないよ」

自分の中に根を張り始めた猜疑心を払拭するように、無理やり口許を上げてそう答えた。
電話越しでも相手がどんな表情してるのかってのは、顔が見えなくても伝わるものだから。

「それより仕事大丈夫なの?ちょっと前まで大変って言ってたけど」

「うん。何とかピークは乗り切れたよ。今もまだ忙しいけど段々落ち着いてくと思う。この間はごめんね、泣いちゃって」

「俺こそ、ホントは会いに行きたかったのに。ごめん…」

「大丈夫だから。ありがとうね」

君は弱音は吐いても、絶対にわがままは言わない。
君は決して自分から"会いたい"とは言わない。
少し寂しいけれど、お互いを信頼してるし、それは優しい君が俺の事を気遣っての事だと信じていた。

でも今は…

なまえもおあいて2の彼女と同じなのだろうか?
俺達は違うと思っていた。
けれど、心に恐怖が広がるのは止まらなかった。
じわじわとまるで漆黒のインクが真っ白な紙に滲んでいく様に。

それから何週間か経った、よく晴れた平日の午後―――
移動の車の中、窓からぼんやりと外を見ていると信号で止まる。
すると、横断歩道を渡っていく人ごみの中で、よく見覚えのある女の人が目に留まった。

なまえだ。

横には知らない男。
スーツを着た2人はいかにも親しそうに会話をしながら歩いていく。

呆然とした。

「おあいて、この後の撮影なんだけど…」

その後のマネージャーの言う事なんて全く耳に入らなかった。
仕事の最中も、さっきのなまえと知らない男が一緒に親しげに歩いている光景だけが何度も脳裏に甦っていた。

急いで仕事を終わらせて、深夜になまえの元へと向かう。
外はひどい雨で駅から彼女のマンションまで走ってる間にずぶ濡れになってしまったけれど、そんな事はどうでもよかった。
やっと着いた彼女のマンションも、部屋の電気はついていなくて、いつもなら笑顔で迎えてくれるはずの君がいない。

ヒタヒタと濡れたジーパンの裾を引き摺って中へと足を進める。
水滴が廊下に痕跡を残す。

誰もいない部屋、びしょ濡れのままでただソファに座っていた。 膝に腕を乗せて、祈るように組んだ手に額をつける。
トントンと足を鳴らす音だけが真っ暗な部屋の中で寂しく響いていた。

誰といるの?
もうすぐ日付も変わるのに。

よくない事ばかりが頭に浮かんでは膨らんでいく。

ねぇ、なまえも結局嘘つきなの?

考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃになっていく。

芸能界という嘘だらけの世界に疲れきってた俺。
華やかなそこには、かわいくて綺麗な女の子がたくさんいるけれど、同時に何人もの男と付き合ってたり、俺と付き合う事で自分の知名度を上げようとする売名行為をする子もいた。
ただでさえ、アイドルって仕事はどんなに辛い時でも笑顔でいないといけないのに、プライベートまでそんな事になって本当に一時期は苦しかった。
でも、そんな時になまえに出会って変わったんだ。
なまえは俺の高校の同級生の友達で、たまたま一緒に飲む事になって。
話をする内に優しくて真面目でそこに惹かれたのに。
だからこそ、付き合いたいって思ったのに…

あぁ、濡れてまとわりつく衣服が気持ち悪い。

そんな時、玄関のドアが開く音がした。
いつもと変わらない君の足音が近づいてくる。

「おあいて…?いるんだよね?連絡もなしにどうしたの?」

電気を付けた彼女が俺を見て驚いた。

「ちょっと!びしょ濡れじゃん!」

鞄を床に放って慌てて駆け寄る君。
何も言葉を発さない俺の状態を心配そうに確認する。

「タオルすぐ持ってくるから!」

そう言って、俺から離れようとした君の腕を掴んだ。

「ちょっ!?おあいて!?」

驚く君にもお構いなしに言葉を続ける。

「…こんな時間まで何してたの?」

「そんなの仕事に決まってるじゃない。最近忙しくて…」

「嘘つき」

冷たく睨み付ける。
腕を握る手の力を増した。

「痛…!嘘なんてついてない!離して!」

その言葉に反する様に、俺の手から逃れようと藻掻く君を引き寄せる。

「アイツと居たんだろ?」

「誰?アイツって?私、ただ残業で…」

「うるさい!」

そのまま、なまえをソファへ突き飛ばした。


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