優しい悲劇2



「やだっ!止めて!」

身体を捩って抵抗する君を、押さえ付けて馬乗りになる。
自分の服を脱ぎ捨て、渇いている俺は性急になまえのスーツを剥いでいく。
ジャケットを放り投げ、カッターシャツに手をかけるとそのボタンは弾け飛ぶ。
そして、現れた白い胸元に吸いつこうとした。

「ダメ!」

瞬間、パンっと乾いた音がして、頬に痛みが走った。
その衝撃に手を止める。

「…どうしちゃったの?おあいて」

君の震える唇から言葉が零れ落ちる。

「…俺の他にも男いるんだろ?浮気してんだろ?」

彼女の平手打ちでヒートダウンした俺は、それでも静かに睨み付けながら、なまえの両腕を掴んでソファへと強く縫い付けた。

「浮気なんてしてない!私はおあいてだけだよ!」

「嘘つくなよ!!」

けれども、そのなまえの言葉に今までで一番大きな声で叫ぶ。
君はびくりと身体を跳ねさせて、怯えて瞳孔が開いたまま固まっていた。

「何も知らないと思ってんの!?
俺、見たんだよ?なまえがこの前昼間に男と2人で楽しそうに歩いてるところ…あの交差点で。車の中から…」

俺がまくし立てる様に今日の昼に見た全てを事細かに説明する。

「おあいて…それ、ただの同僚だよ。仕事の営業で一緒に取引先との会議に出ただけ。スーツ着てたでしょ?」

だから、こんな酷い事は止めて欲しいと、
彼女はそう懇願する。

けれども…

「…なまえが悪い」

「え?」

彼女の言葉は事実だ。
それは頭では分かっている。

「こんな風に誤解させる様な事ばっかするなまえが悪い」

でも、どうしてだろう?
もう止まらない。

「いつもいつも、イイ子ぶってさぁ。なんなんだよ…!俺が芸能人だから付き合ってるだけなんじゃないの!?」

「…何言ってるの?」

「俺に"会いたい"って絶対に言わなかったじゃん!それって俺の事なんてどうでもいいってことだろ!?」

困惑する#name#を余所に、次々と詰る言葉が出てくる。
頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ吐き出したくて、思ってもない事ばかり口走る。

「だってそれは…おあいてが…!」

「俺が何だよ!」

「連絡取るのも大変なのに会いたいなんて言えなかったよ!」

大きな声で怒鳴るなまえに、今度は逆に俺が驚く番だった。

「会いたいって何度も思ってた。
でも…電話越しの疲れきってるおあいての声聞いたらそんな事言えなかった…」

振り絞るような苦しそうな恋人の表情に胸が苦しくなる。

「不規則でキツいスケジュールで大変って事は分かりきってたし、疲れてるの無理して私の前で笑ってくれてるのも知ってたよ?
 大好きな人にわがまま言って困らせたくなかった。大切なおあいての前ではいつも元気で、二人で笑っていたいって思ってただけだったのに…!」

君の愛の言葉にひたひたと涙がこぼれ始めた。
こんなにも想ってくれて、俺が想うよりもずっと深い気持ちを君が抱いてくれた事が嬉しくて。
今までで一番大切にしたいと思った女の子は、誰よりも素敵で、選んだ自分がとても誇らしかった。

けれど…

「もう…無理なんだよ…」

同時に、大切な君の側にいてあげられない自分のふがいなさも、君が俺を気遣うあまりに我が儘を言わない事すらも何もかもが許せなかった。

「止めて!」

制止を振り切って、再び身体に手を這わせる。

「おあいて…!?どうしちゃったの…?こんなのおかしいよ…」

「うるさい…!」

服を全て脱ぎ捨てた俺は、ほとんど愛撫もなしにいきなりなまえの中へと侵入した。
そして、おもむろに腰を動かし始める。

「…っ!こんなの私の好きなおあいてじゃない…!」

とうとう泣き出したなまえ。
その涙に心がチリチリと焦げ付く。

でも、駄目なんだ。
君が溢す涙を見ても、この気持ちは抑えられない。

そう、形がなければ、実態がない幻想だけでは満足できないと言う事に気づいてしまった。

不安は膨らみ、身体はウィルスが増殖するかの様に熱を孕む。
まるで、何かに感染していくかの様だった。
今まで、どこかで抑え込んでいた彼女に対する疑いや自分自身の負い目がどんどん溢れてくる。
肌を重ねて、この手に君の身体を、君の全てを納めなければ安心できないと自覚してしまった。

「やぁっ…激しすぎ…!」

君の泣き声と肌のぶつかる音だけが響く部屋。
ソファには俺達の繋ぎ目からこぼれ落ちる淫らな液体がその染みを広げている。

「なまえ…好きだよ…愛してる…」

そう言って、彼女の深くを抉る。

「…ほんとに愛してるの…?じゃあ、何でこんな酷いことするの…?」

君がどれだけ涙を流しても、止める気はない。

「も…私…おあいてが怖い…」

どれだけ拒絶されても構わない。
好きで好きでどうしようもなくて。
自分の中の昂ったこの気持ちをぶつけたくて、ただ獣の様に凶暴に愛を伝える。

「あぁっ!!」

無理矢理に達した彼女の粘膜が俺に絡みついてきた。
その快感で腰は震えて、中心に血が集まる。

「…っなまえ」

放たれる白濁がなまえの胎内で広がる快感を味わうと同時に、俺の心は闇に飲み込まれていった。

「ごめん…ごめんな…なまえ」

全てが終わった後、俺は気を失ってしまった君を抱きかかえてベッドへと寝かせる。
泣き腫らした彼女の寝顔に自分の仕打ちの残酷さを思い知らされる。

だけど…

俺、もう戻れないよ…
優しく笑うことなんて出来ないよ…

隣に身体を沈めて、愛しい恋人を抱き締めた。
君の感触、匂いを確かめる様に。

なまえと離れたくない。
俺、寮出るから。
二人で暮らそう?
仕事なんてしなくていいから。
俺が君の望むもの全部あげるから。

だから、このまま一緒に堕ちてよ。
それで、2人だけの世界で俺の事だけ見て…

そんな願いを込めて、俺は瞼を閉じた。


2016.12.23
天野屋 遥か


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