「あっ…!静流…もっと…」

ベッドルームのルームライトでカーテンに俺達の影が映し出される。
深夜、僕のマンションにやってきた恋人の華奈と肌を重ねていた。
軋むベッドの音と、女の鳴き声だけが響く空間。
大して興奮もしない甘えた喘ぎ声をあげて、俺を誘おうとする華奈。
義務的に腰の速度を上げれば、俺を締め付けてお決まりのタイミングで達した。
最早、訪れる快感も密度の薄い浅いもので、ゴム越しに放たれる白濁も量が少なく特に満足感もなかった。

「もう、別れよっか」

情事の後、甘えてくるコイツの腕をかわしてベッドを抜け出し服を身に付け始める。

「えっ?」

「飽きちゃったんだよね。華奈に」

彼女は最近注目度の上がり始めた若手の女優。
元モデルのスレンダーなスタイルと人形の様な大きな可愛らしい瞳が印象的で、最近は話題のドラマに何本か出演していてその演技の評価が高くなってきているらしい。

「どうしてよ!?私の何がダメなの!?」

喚き始めて、下着姿のまま俺の腕にすがりついてくる

「うるさい。離せよ。」

「イヤ!そんなの!別れない!」

そして、自慢の顔を歪めて泣きじゃくっていた。俺はただ、その様相を他人事の様に眺めるだけ。

「私との事、マスコミにばらすわよ!」

俺が全く反応を示さないから、とうとう脅しをかけてきた。そんな文句で繋ぎ止められる訳ないだろ。

「ふーん、バラすんだ」

「何よ!そんな余裕な態度でいられるのも今のうちだけよ!スキャンダルになったら、あんたなんか一気に仕事無くなるわよ!」

けれども、その言葉に思わず笑い声が込み上げてきた。

「別にかまわないよ?だって、困るのはそっちだろ?僕の事務所は大きいし、スキャンダルなんて握り潰される。お前だけが損をする事になるよ?」

そう言うと、女は先程までとはうって変わって顔が青ざめていた。目を見開き、唇を震わせているが言葉は発しない。

「それに、僕が知らないとでも思ってる?お前、元カレとも会ったりしてるんだろ?」

見下すように笑顔で冷たく止めを刺すと、彼女は急いで服を着て、そのまま泣きながら部屋を出ていった。

何も感じない。
仮にも付き合っていて、しかもさっきまで肌を重ねていた女と別れたはずなのに。
だって、コイツはアイドルの"静流"と付き合う事にステータスを感じてただけだから。
顔と身体がよかったからその茶番に付き合ってたけれど、そんなお遊びに飽きたんだ。
即座に電話番号も何もかも抹消した。

その一連の行為に、虚しさで一杯になった。


「静流くーん」

それからしばらくしたある日。
歌番組の収録の休憩時間、楽屋に戻ろうと廊下を歩いていると背後から声をかけられた。
振り返ると、共演した人気女子アイドルグループの中心メンバーがいた。

「どうも。お疲れ様です」

「お疲れ様です!」

営業用の笑顔で挨拶をすると、向こうも同じ様にテレビ向けの笑顔で返事をする。
この後の展開は、多分いつものお決まりのやつだろう。
容易に想像が出来た。

「今日もカッコよかったですね!あんまりお話できなかったので、よかったら今度一緒にご飯行きませんか?」

ほら、やっぱり。
そうだと思った。
媚びるような猫なで声。
自分が可愛く見える様に下から俺を見つめてくる。
俺達が人気のあるグループだから、近づきたいってただそれだけだろ?

「悪いけど…「他のメンバーさんもぜひ誘って下さい!これ、連絡先です!」

断ろうとしたけど紙を握らされて、そのままその子はパタパタと走っていってしまった。

「静流、お前あの子と連絡先交換してたの?」

どうしたものかと思案していると、背後から突然肩を組まれる。
そのまま俺の顔をニヤニヤと覗き込んでくるのは、同じグループの真人だった。
どうやら、一部始終を全部見ていたらしい。

「一方的に渡されただけだよ」

「ふーん、そうなの?ま、あのこは色んなヤツにすぐ声かけるらしいぞ?ヤりまくってるらしいし」

「そうなんだ」

やっぱりな。
清純派なんて言われても、それはあくまで表向き。
そんなもんだろ。
所詮、イメージでラッピングされた商品で。
だから、そんな話を聞いても何も思わない。
人は見た目通りな訳はない。
特に僕らの様な商売の人間は。
さっきの女も元カノも同じだ。

「なぁ、お前彼女と別れたんだろ?一回くらい味見にヤッてもいいんじゃね?」

最低だよな、この発言。
とてもアイドルとは思えない。
歌も上手くてダンスもクオリティが高いのにそれ以外ダメだろ。
コイツさ、顔は整ってるし、TVの前では爽やかなフェミニストを装ってるからファンに”王子”って呼ばれてるくせに。
どいつもこいつも見た目に騙されすぎなんだ。

「どーでもいいよ。つーか、邪魔。どけよ真人」

心底興味なかったし、囃し立てるメンバーがうざったくて睨みつけた。

「ごめん!悪かった!」

それに怯んで慌てて謝ってくる真人を無視して楽屋に戻る。
誰もいなかったから、ゴミ箱にさっき貰った紙をぐちゃぐちゃに丸めて捨ててやった。
そのままソファに座ってテーブルに足をかける。
ケータイを取り出して、メールやSNSをチェック。
そこで、アキからメールが来ていた事を思い出した。

"来週、講義来る?よかったらノート持っていくよ?"

たったそれだけ。
過不足なく、ただ用件だけが簡単に並べられたメール。
しかも、彼女は連絡先を交換したのに、こんな風に用事がある時しか連絡をしない。
僕に対しての過剰な期待も、よこしまな気持ちも何も感じられないそれが妙に心地よくてなんだか安心する。

しかも、日付からして来週の講義って明日じゃないか。


「あ、アキ?今大丈夫?」

すぐに人気のない非常階段に移動して、君に電話をかける。

「大丈夫だけど、どうかした?電話がかかってくるなんて思わなかったからびっくりした」

驚いている君の向こうでは、ざわざわと学生の話し声や構内の喧騒が漂っている。
キャンパスで過ごしている君と仕事の僕は存在している世界は全く違うけれど、こうして会話をする事ができる。

「明日、授業出るからノートお願いしようと思って」

「そんなのメールでよかったのに。忙しいでしょ?」

「いや、メール返してなかったのも謝りたかったし…」

何となく、ただ君と話をしたかった。

「そんなのいいのに。むしろ、うざいって思われたらどうしようって不安だったから…」

「そんな訳ないよ。アキには助けてもらってるから」

ひんやりとしたコンクリートが背中の体温を奪う感覚が自分と言う存在を浮き彫りにする。
誰もいない空間に響くのは自分の声だけ。
2人だけの時間が心地よい。

「大学でもあまり話せないじゃん。皆の目もあるし…」

「確かに。あ、そういえば、この間のバラエティ番組みたよ!頑張って料理してたね。美味しそうだった」

「あれ、必死で練習して収録に臨んだからね。料理なんてした事なかったから大変だったよ。カレー作るだけだったけど…」

他愛もない会話だけども、声を聞くだけで、もやっとした気持ちが拭われていく。
何だか優しい気持ちになれた。


「さっきのあの子にもう電話?はええな」

楽屋に戻ると真人が茶化してくる。

「マジで!?静流はそんなタイプじゃないと思ってたのに…!」

おまけに、コイツから話を聞いたらしい颯太まで悪のりをしてきた。

「そんなんじゃないよ。ちょっとね」

メンバーの冷やかしを軽くかわしてソファに戻る。
そして、煙草を取り出して火をつけた。

ふうっと大きく煙を吐いて、天井へと登って行くそれを眺める。

君はアイドルの僕に憧れてる。
それなのに、僕を特別視しようとはしない。
あくまで一人の友達として接しようとするアキ。

不思議だ。

紫煙を燻らせながら、そんな事を考える。

本当の僕を見せたい気持ちが微かに芽生えてきた。
けれど、それを知ったら君はどうするだろうか?
幻滅するのかな?

それとも…



2014.8.7
天野屋 遥か

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