「静流くんは、どんな女の子がタイプなんですか?」

「僕は外見じゃなくて、心を重視します。優しくて思いやりのある女性がタイプです」

なんて、インタビューではお決まりの台詞。

「いいね!その笑顔」

カシャカシャとシャッターを切る音と眩しいフラッシュの光。
貼り付けた様な笑顔の写真が雑誌に載って大量に氾濫。
いわゆる人気アイドルってやつ。
アイドルグループ「pearl」のメンバーで本名の”静流”って名前で芸能活動を行っている。

今日は雑誌の取材の後、TVで新曲の披露。
スタジオを出て、TVへ向かうワゴン車に乗る。
頬杖をついて窓の外を流れていく風景を重い気分で眺めていた。
また、下らないコメントして愛想笑い浮かべて歌いたくもない歌とダンスをしなきゃいけないのか…

「静流!今日もよかったぞ!このあとの収録もしっかりな!!」

「ありがとうございます」

同伴のマネージャに激励をされるも、心は浮かない。
どうせ彼に今の自分の心境を伝えたところで
”今がアイドルとして一番大事な時なんだ。そんな事より目の前の仕事をちゃんとこなせ”
そう言われるのは目に見えている。
と言うか実際、以前にそう言われてしまったから何も言えない。

「はぁ…」

人知れずため息を吐く。

そう、僕はこの生活に限界を感じてたんだ。
笑顔でずっと自分を偽っている事に。
スカウトされた時、初めはこの世界に憧れや期待を持っていた。
元々音楽が好きでずっとピアノを習ってたし、
密かに自分で曲を作ってそれに歌詞を乗せて歌っていた。
いつか、それを皆の前で歌えればいいなぁなんてささやかな夢を抱いてた。
けれど、現実はそれとは程遠い。


ドンッ―――――

重い足取りでぼんやりとしながら、準備に追われる沢山のスタッフが慌ただしく走り回っている
TV番組の収録スタジオに入ると何かにぶつかった。

「ごめんなさい!」

気づくと目の前で沢山の荷物が床に散らばり、スタッフの女の子が慌てて拾い集めてた。
どうやら、荷物を運んでいた彼女にぶつかってしまったらしい。

「こっちこそ、ごめん!」

現実に引き戻された僕は、手伝おうとするも…

「白土!何やってんだ! 早くしろ!」

「はい!今行きます!すいません!!」

先輩スタッフと思われる人物に怒鳴られた女の子はそのまま荷物を掻き集めて抱えていってしまった。
叱咤されながらも仕事に戻る僕と同じ位の年齢の女の子。
その後もへこたれずに活き活きとスタジオ内を動いている姿は、僕なんかよりよっぽど輝いてみえた。


「静流君〜!」

「キャ〜!」

「いつも応援ありがとう」

ハードなスケジュールの合間を縫って久しぶりに大学に顔を出す。
キャンパスに一歩足を踏み入れれば、黄色い歓声が上がる。
もちろんいつものアイドルスマイルでファンへのサービスは忘れない。

…ちゃんとしないと、ネットで何書かれるか分かったもんじゃないから。

大学すらもファンや周りの目を気にして行動しないといけない。
それに、きっと今日の大学に来てる写真もネットに上がるんだろうな。
プライベートがないことにほとほと疲れている。
でも、今日は人数の少ない講義に出るだけだからと何とか自分を奮い立たせる。

「あっ…」

教室に行くと、まばらに席に座っている学生の中に見覚えのある顔があった。

「ねぇ、君この間TV局でぶつかったスタッフさんだよね?」

「…静流さん」

隣に座って話し掛けると彼女は驚いていた。

「あの時はほんとにごめんね。僕の不注意で…」

「いえ、大丈夫でしたから」

謝罪をすると、気にしないでと優しく笑ってくれた。
彼女、白土 アキはTV局でアルバイトをしているらしい。

「お話できて嬉しかったです。ありがとうございました」

終わると次の講義があるからと爽やかに挨拶だけ残して去っていく。その姿を見送った。
サインや写真撮影を求められる事も、連絡先を渡される事もなかった。
アイドルの僕に媚びる気配のない彼女が印象的だった。


「あ!白土さん!久しぶり!」

今日も同じTV局で仕事のある僕は待ち時間に自販機で飲み物を買おうと廊下を歩いていた。
すると、向こうから歩いてきた君を見つけて呼びとめた。

「静流さん…!お疲れ様です!!」

呼びとめられた事に驚いているアキは僕を信じられないといった顔で見ている。
きっと、僕が君の事を覚えている訳ないと思っていたんだろう。何だかそれが面白かった。

「今日は何の収録ですか?」

「今日はね、バラエティ番組。ほら、あれだよ。二つのチームに分かれて巨大なアトラクションするの。
 でっかい斜面をボール運びながら登ったりとか、壁を登ったりとかするやつ…」

「あぁ、今人気のあの番組ですね!」

「僕、苦手なんだけどね。そーゆーの」

でも、仕事だからとため息をつくと、君はクスクスと笑っている。

「そんなにおかしい?」

「だって、いつも歌番組であんなに完璧なダンスと歌を披露してるから
 運動得意そうなのになぁって思って」

「ダンスは練習の賜物だよ。でも、元々はあんまり得意じゃないから…
 でも、イメージを崩さない様に頑張るけど」

「なんか、意外ですね。何でもこなせるって思ってたんですけど」

目を丸くしている君。

「頑張ってくださいね!私は違うスタジオだから見れませんけど応援してます」

「ありがと。怪我しないように頑張る」

そう手を振って自販機へ向かおうとした。

「あっ!待ってください!」

呼び止められて振り返る。

「もしよかったらこれどうぞ。チョコです。
 男の人って甘いもの苦手かもしれないけれど、一口食べるだけで元気でるから…」

なんだか疲れてるみたいだからと、差しだされたよくある普通のチョコレート。

「ありがと」

ふふっと笑って受け取る。
こーゆーのってほんと久しぶりだ。
まだ、今の事務所に入る前、ただの高校生だった頃にクラスの女子とかとこんなやり取りよくしてたな。
ささやかでなんでもない事だけど、それすらも今の僕にとっては救いで。
変な意味じゃなくてただもっと近づきたいと思った。
だから、珍しく自分から連絡先を聞いたんだ。
初めは渋ってた君も僕の説得に根負けして教えてくれた。


それからTV局に行った時は別のスタジオでも必ずアキの顔を見に行く。
仕事がある日の前日にメールや電話で事前に彼女のいる時間を確認している。
収録は今まで憂鬱でしかなかったけれど、彼女と知り合ってからはTV局へ行くことが楽しみになっていた。


「アキちゃんお疲れさま」

「ありがとう」

彼女の休憩と僕の空き時間が重なったから、2人で人気のない非常階段に肩を並べて座る。
ヒンヤリとしたコンクリートの壁越しに広がる青い空を2人でぼんやりと眺めていた。
午後の柔らかな日差しを受けてキラキラと髪の毛や睫毛が光ってる君は、嬉しそうに僕が奢った缶コーヒーを飲んでいる。
その姿を見つめているだけで優しい気持ちになれる。
普段のスケジュールに追われていて常に心の何処かが強張っているのが嘘みたいに解れていくのを感じていた。

「静流君は凄いね。 こうやって私みたいなただのスタッフにも気を使ってくれるし」

真っ直ぐな笑顔で僕を見るアキ。

「そうかなぁ?当たり前じゃない?」

「そんな事ないよ!カメラの回ってないとこではヒドイ態度の人だって沢山いるし…」

彼女は口を尖らせる。

「まぁ…僕はそういうのは嫌だから。プロの仕事じゃないでしょ」

なんて最もらしいことを言ってみる。

そんなの全て計算だよ。
だって、カメラが回ってない時間も全部仕事なんだよ?
気が休まる時なんて一時もない。

言ってみれば、君の前にいる僕もアイドルの”静流”なんだ。
本当の上村静流じゃない。

まぁ、アキはそんな事知る必要もないけど。

…だけど、少し興味あるな。
もし、君が本当の僕を見たらどんな風な反応するのか。
本当の僕を知ってもこんな風に笑いかけてくれるのだろうか。

「でも、アキちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」

そんな事を微塵も感じさせない様に、彼女に微笑みかけた。

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