ひつじ雲



「いーち、にーい、さーん、…」


ゆっくり、ゆっくり。
少し大きな声で、ひとつずつ数を数える。

数字が増えるにつれ傍にいた小さな気配が遠ざかり、十を唱える頃にはすっかり消えて無くなっていた。


「もういいか〜い?」


壁に付けた両腕に顔を隠したまま、目を瞑ったままで尋ねてみる。
まーだだよ〜、という返事がなかったので、目開けちゃうよ〜、と一声かけてから振り返った。

きょろきょろ見渡してみるけれど、どうやらキッチンには居ないみたい。


「よ〜し、鬼さん出発するよ〜」


可愛いベッキョンくんはどこかな〜?と声を弾ませてキッチンを出る。
すぐ目の前のリビングでは、クリスがうつ伏せになって雑誌を読んでいた。

肩まですっぽりもこもこのブランケットを被っている彼を何とはなしに見ると、そのブランケットの下。
クリスの左半身下から、ぴょこりと小さな小さな靴下が顔を覗かせている。

あ、と言いかけたけれど、こんなにあっさり見つけてしまってはつまらないだろう。
それに、ベッキョンを隠し切っているつもりなのだろうクリスは、平然を装って澄ました顔をしている。
きっとベッキョンも、まさか自分の片足が出ているとは思っていないだろう。

そう思ったら、なんだかその光景がちょっぴり可笑しくて。
くすくす笑ってしまいそうになるのを何とか堪えて、知らぬふりをして廊下に出る。


「ベッキョナ〜、どこ行っちゃったの〜?」


なんて、ベッキョンがどこに居るかはもうわかっているのだけれど。
次は子ども部屋を探しに行こうかな、と思いながらちらりと視線をリビングに戻すと、クリスが自分の体の下を覗き込んでもそもそと動いている。

ふふ、と気付かれないように小さく笑って、子ども部屋のある2階を目指す。
“べっきょん”と書かれた仔犬のプレートが掛けられている部屋のドアを潜ると、室内は今朝見た時よりも悲惨なことになっていた。

おもちゃは出しっ放し、絵本は開いたまま。
片付けが出来ない性質は、やっぱり僕のを受け継いでしまったのだろうかと苦笑する。

クリスも別段片付けが得意な訳ではないけれど、“片付けが出来ない”と言う程酷くもない。
三つ子の魂百までと言うし、早い所ベッキョンのこの癖を直してあげないとなぁ。
なんて考え続けて、早3年が経ってしまった。

結局“お片付けが下手”というレッテルを張られてしまったベッキョンは、けれどそれを全く気にしていない様子だ。
まあ、クリスも僕も、あまり気にしていないのだけれど。


「ベッキョナ〜?ベッキョンく〜ん、」


どこですか〜?

そう言いながら、ぐるぐる、ぐるぐる。
家の中をひたすら歩き回る。

途中、もう一度リビングに戻って中を覗き込んでみた。
するとクリスが何だか慌てたようにごそごそしていて、その下からきゃっきゃ、という可愛らしい声。


「……」

「…クリス、」

「何だ?」

「ベッキョナ見なかった?」

「さぁ、見てないな」


慌てながらも“何も隠していません”と言いたげな表情をしているクリスが面白くて、わざと問うてみる。
案の定知らないという答えが返ってきて、それがまた可笑しくて。

キッチンとリビングは繋がっているから、キッチンでかくれんぼを始めた僕たちを見ていなかったはずがないのに。


「そっかぁ、残念」


けれど、“気付いていないふり”は続行しておく。
そう返してからまた部屋を後にして、寝室、書斎、バスルームと移動した。

時計を見ると、かくれんぼを始めてから15分程経っていて、そろそろいいかな、と頃合いを見計らう。


「ベッキョナ〜、僕もうお手上げだよ〜」


わざと降参の声を上げながらリビングに入ると、


「…あ、」


すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて眠る、2人の姿。
ふわふわもこもこのブランケットに包まって眠るその姿は、まるで羊の日向ぼっこのようで。

今日は朝からぴかぴかの上天気で、まだ冬だというのに春のようなぽかぽかとした日差しが射し込んだ。
だから、今日は絶好のお昼寝日和だとベッキョンにお昼寝をさせようとしたのだけれど。
やだやだと首を振ってむずがるベッキョンに、「じゃあ、一緒に遊ぼうか」と持ちかけたのだ。

保育園では毎日きちんとお昼寝をしているそうなのだけれど、今日はきっと、クリスが居たから。
毎日朝早くに出かけ、夜遅くまで仕事で帰って来ないクリスは、週にたった二日しか家に居ない。
だからきっと、少しでも長くクリスと一緒に過ごしたかったのだと思う。

ベッキョンは生まれた頃から、パパが大好きだった。
クリスがちょっぴり怯えながらも抱き上げると、きゃあきゃあと声を上げて喜んだ。

そんな我が子を抱いて、とても嬉しそうに優しげな表情で微笑んでいた彼のことも、今でも鮮明に覚えている。


「よかったね、ベッキョナ。久しぶりにパパと一緒にお昼寝できて」


クリスに抱きかかえられるようにして眠っている、小さな小さなふわふわ頭を撫でる。
安心しきった、心地よさそうな表情。

ベッキョンを抱いているクリスも、同じような顔で眠っていて。
お片付けが苦手なところは僕に似たようだけれど、笑った顔も怒った顔も、今こうやって寝ている姿も、みんなクリス譲りだ。

見れば見る程、瓜二つな父と子。
もう少しくらい、僕に似てくれたってよかったのになぁ、なんて。

すっかり夢の中に入ってしまっている2人に、くすりと笑った。


「さて、そろそろ夕食の準備しなくちゃ」


今夜は2人が大好きな、クリームシチューにしようかな。

そう考えながら、すやすや眠る2人にブランケットを掛け直した。




ひつじ雲









レイ婦人と仲良くなって、クリレイ夫婦と仔ベクの居るお家に遊びに行きたいです…。




4/8