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ショーケースの上に頬杖を付いて、ふう、と一息。
閉店前の1時間は、一日の中で最も余裕がある時間帯だ。
今日はもう誰も来ないだろうと見越しながらぼんやり店先を眺めていると、扉に填め込まれたガラス窓から人影が見えた。
慌てて姿勢を正すと同時、店の扉がからんころんと鈴の音を響かせながら開かれた。
「いらっしゃいませ」
「あ、こんばんは」
にこり。
微笑んだその顔は、先日クリスマスケーキを配達した先の人のものだ。
名前は、ジュンミョンさん。
店の前で予約ケーキの販売をしていた時に出会った、優しそうな人。
普段お客の顔や名前なんて全く覚えないのに、この人だけは何故だかはっきりと記憶に残ってしまった。
それがどうしてかはわからないけれど、初めて見たときから何か惹かれるものがあった。
白くて優し気で、真冬の冷たい空気に溶けて消えてしまいそうだと、まるで詩人みたいなことを考えたりしたっけ。
凛としているのに、どこか儚さを覚えさせる人。
それは木枯らしの中だけではなく、今日のような温かい店内でもそう感じさせるみたいだ。
そんなことをぼんやり考えていると、ほんのり鼻先を赤く染めたジュンミョンさんが誰かに話しかけた。
見れば、足元にはまだ小さな子どもが居て。
確かこの子は、ジュンミョンさんの、子ども。
名前は知らないけれど、クリスマスケーキを届けた時にひどく喜び、大はしゃぎしていた子だ。
サンタクロースの格好をした俺を見て、サンタさんだ!と満面の笑みで笑っていた、無邪気で色白な、ジュンミョンさん似の男の子。
その子はいつの間にかショーケースにべしゃりと顔をくっつけながらケーキを眺めていて、きょろきょろと忙しなく大きな瞳を動かしている。
あー、とか、うー、とか、言葉ではない声を発しながら色とりどりのケーキを選んでいるようで。
その姿がとても愛らしくて、自然と笑みがこぼれた。
「セフナ、どれにする?」
「んぅ〜、…」
「これは?すごく美味しそうだよ」
「む〜…」
子どもながら苦悶の表情を浮かべている男の子…セフンくん、に微笑み掛けながら、ジュンミョンさんが苺のショートケーキを指さす。
それでもセフンくんは決めあぐねているようで、さっきからずっと小首を傾げたままだ。
うーん、うーん、と唸っているのが面白くて可愛くて、思わずショーケースの前にしゃがみ込んでセフンくんを眺める。
ケース越しに百面相の彼を見ていたら、上から穏やかな声が降って来て。
見上げると、ジュンミョンさんと目が合った。
「この間は、ありがとうございました」
「え?あ、いえ…」
「クリスマスケーキ、すごく美味しくて。セフナがまた食べたいって聞かないんですよ」
ね、セフナ。
そう言いながら、ぽんぽんとセフンくんの頭に手を乗せるジュンミョンさん。
セフンくんはその声にケーキから視線を上げて、目の前の俺に向かってにぱりと笑んだ。
「てふな、おにいたんのけーき、だいとぅき!」
「本当?ありがとう」
初めて会った時と同じ、満面の笑み。
ケーキ屋でバイトをしているとは言え、普段あまり小さな子どもと接することはないのだけれど。
こういうのも中々に良い物だな、なんて思ってみたり。
「でも、このケーキはお兄ちゃんが作ってるんじゃないんだ」
「とうなの?」
「うん。お兄ちゃんのパパが作ってるんだよ」
「ほんとう?!ぱぱ、とぅごいね〜!」
てふなのあっぱ、ちゅくってくれない!と言ったセフンくんに、ジュンミョンさんがちょっぴり困ったように笑う。
子どもは素直だなぁとくすくす笑っていれば、ジュンミョンさんが店の時計を見上げてはっとした表情をした。
「セフナ、頑張って選んで。もうお店閉じなきゃいけない時間だ」
「む?」
「セフナが頑張って決めてくれないと、お兄さんが困っちゃうよ」
「あ、あの、うちなら大丈夫ですよ。閉店時間なんて、有って無いようなもんですから…」
「え、でも…」
もう一度ちらりと時計を見遣るジュンミョンさんに、大丈夫だと申し出る。
うちに閉店時間なんか無いに等しいのだから、全く気にしなくても平気なのだ。
それが伝わるように精一杯微笑んでみたけれど、少しぎこちなかったかもしれない。
本当にこういう時、人見知りの自分を恨む。
ジュンミョンさんは差して気にしていないようだけれど、何となく気まずくて、もう一度セフンくんに向き直った。
「えーっと、セフン、くん?」
「ん?」
「セフンくんは、フルーツ好き?」
「だいとぅき!」
「そっか。じゃあ、これなんかどう?」
言いながら指さしたのは、フルーツたっぷりのロールケーキ。
小さい子が好きそうなタルトもあるのだけれど、生クリームがたっぷり使ってある方が好きかも知れない。そう思って。
案の定セフンくんは、ロールケーキを見るなり目をきらきらと輝かせた。
「おいてぃとぉ〜!」
「これ、お兄ちゃんのおすすめだよ」
「あっぱぁ!てふな、これがいい!」
小さな指でケーキを指さして、ジュンミョンさんを見上げる。
それに釣られてロールケーキを見た彼も、「わぁ、美味しそうだね」と言って微笑んだ。
「じゃあ、これ2つください」
「あ、はい」
注文を受けてすぐ、ロールケーキを2つ箱の中にそっと詰めて。
会計を済ませ箱をセフンくんに手渡せば、今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでくれた。
「セフナ、落としちゃだめだよ?」
「うんっ!」
ジュンミョンさんがご機嫌セフンくんの手を引いて、店の入り口まで向かう。
「ありがとうございました」と声を掛ければ、セフンくんは手を振ろうとしたのか、ケーキの入った箱を思い切り振ろうとして。
ジュンミョンさんが慌ててその手を止めながら、こちらを振り向きにこりと微笑んで、小さく頭を下げて行った。
からんころん、と閉じられた、ドアの向こう。
店の窓からそっと外を覗くと、まだ背の低いセフンくんは見えなかったけれど、にこにこと楽しそうなジュンミョンさんの横顔が見えた。
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