honey
嗚呼、好きだなぁ、と思う。
忙しなく動き続けるぽってりとした唇だとか、ふわふわと揺れる茶色い髪だとか。
そんな些細なことでさえ、ひどく愛おしい。
こんなことを恥ずかし気もなく考えてしまうのだから、心は本当に素直なものだ。
柔らかな日差しが降り注ぐ、明るいダイニング。
折角淹れたココアを飲むことも忘れて、一生懸命話をしているレイを見つめる。
彼には、今日みたいな小春日よりの天気が良く似合う。
清らかで、温かくて、穏やかで。
今まで空をこんな風に感じたことなんて無かったのに、レイと出会ってから、俺は少しずつ変わっていっているのかも知れない。
「クリス、僕の話聞いてる?」
「ん?」
「あぁ、やっぱり聞いてなかった〜!」
ぷくぅ、と頬を膨らませて怒る姿が可愛くて、つい笑ってしまう。
そんな俺に、レイがまたちょっぴり拗ねてしまって。
人の話はちゃんと聞いてください〜、とぷんぷん怒っているレイに微笑んで、手にしていたコーヒーに口を付ける。
「もう〜、クリスぼんやりしすぎだよぉ」
「はは、レイに言われたくないなぁ」
レイがあまりに心外なことを言うものだから、またくすくすと声を上げて笑う。
確かに、彼の話を始めからきちんとは聞いていなかったかも知れないけれど、それも仕方がないと思う。
お喋りが爆発してしまったレイを眺めているのが楽しくて、耳まで正常に機能させられなかったのだ。
今だってそう。
ふにふにと柔らかそうな唇を突き出している姿がなんとも愛らしくて、レイに怒られているというのに全く堪えてなんかいないのだから。
「それより、レイ。折角のココアが冷めたんじゃないか?」
「え?わぁ、ほんとうだ〜」
「レイは話し出すと止まらないからな」
「クリスこそ、ぼんやりしてたくせに〜」
「はは、ごめんって」
まだ根に持っているのか、ちょっぴり恨めしそうな目で俺を見上げてくるレイに苦笑いを浮かべる。
ぬるくなっちゃったなぁ、と呟きながらココアを飲んでいるレイを、テーブルに頬杖を付いて眺める。
こうしてみると、本当に彼はふんわりした子だなと思う。
まるでそこだけを切り取ったかのように、彼の周りはゆったりとした時間が流れているような気がするのだ。
じっと見つめていると、俺の視線に気づいたレイが小首を傾げてみせた。
くりくりとした大きな瞳に、彼を見つめている自分が映る。
「なぁ、レイ」
「ん?」
「結婚しようか」
今まさに、頭に浮かべていた言葉。
それが口に吐いて出て来るとは思っていなくて、自分でも少し驚いた。
けれどそれ以上にびっくりしてしまったのか、レイは黒目がちな両目をぱちくりとさせている。
きょとん、としたその表情が可笑しくて、可愛らしくて。
「結婚しよう、レイ」
小春日和の、久しぶりのデート。
いつもの彼の家で、いつものソファで、いつもと同じココアとコーヒーで。
まさか、人生における一大イベントであるはずのプロポーズがこんな形になってしまうとは思いもしなかったけれど。
俺たち2人には、これがお似合いなのかも知れない。
どれだけ格好付けたって、レイの前では無意味なのだと十分に知っている。
レイには、そんな努力は不要なのだ。
だって彼は、きっとどんな俺でも受け入れてくれるから。
「…クリスが僕の旦那さまかぁ」
嗚呼、ほら、やっぱり。
いつだって彼は、微笑んで俺を受け入れてくれる。
「婚約指輪は、ココアとコーヒーだね」
ふふ、と楽しそうに笑うレイ。
俺の唐突な言葉に流石のレイもちょっぴり驚いた様だったけれど、それでも彼は、いつもと同じ笑顔で微笑んでくれるから。
なんだか急に照れ臭くなってしまって、まだほんのり温かいコーヒーをゆっくりと嚥下する。
レイが入れてくれた蜂蜜が、口の中でふわりと優しく広がった。
HONEY
本当はきちんとプロポーズしようと思っていたのに、レイちゃんが愛おしいあまり何でもない場所でしちゃったクリスさんのお話でした。
クリスは一生懸命いろんなことを考えてレイちゃんを喜ばせようとしそうだなとも思ったのですが、何気ない瞬間に“嗚呼、この人となら”ってお互い感じるのがクリレイなのかなぁ、と…(^o^)
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