365日の波間の冒険

ふと、急に、目が覚めた。
眠りの世界は暖かったはずのに、目覚めてすぐの身体は芯から冷えきっていた。

「ん…」

いま、なんじ?
肩からぱさり、と何かがずれる感触。寝ぼけ眼で追うと、それは薄手の毛布だった。どうやら誰かが掛けてくれたらしい。
そうだ、私は仕事の途中だった。襲い来る眠気に堪えられず、デスクで仮眠を取っていたのだった。

「一時」

カウチから声がした。
ぱらぱらとろくに目も通さずに雑誌を捲るセッツァーが其処には居た。深く沈むように腰掛け、彼はあくび混じりの声でそう答えた。
一時。いちじ。一時。

「夜の?」
「決まってんでしょーが」

だからさっきベッドで寝ろって言ったのに、断固動かないんだもん。寝ぼけてるくせに。身体痛くなったって俺のせいにしないでよね、俺はちゃんと起こしてあげたんだから。
ぱたんと雑誌を閉じて、セッツァーは私の方を向いた。
一時。いちじ。夜の、一時。

「…何、どしたの青い顔して」
「誕生日!」

そうだ、仕事なんて口実だった。私は起きていなければならなかったのだ。
他ならぬ彼の誕生日を祝う為に!
「誕生日?」

彼は数回瞬きをして、不思議そうに瞳を丸くした。
誰の?
君の!
ああ、と頬を掻いて。

「忘れてた」

なんだって!自分の誕生日を忘れてただって!?
思わず掴み掛かるところだった。あぶない。

「しょーがないじゃん」

別にいい思い出も無いし、大して祝われたことなんて無いんだから。
マガジンラックに雑誌を戻して彼はまたあくびをした。眠気というよりは退屈そうな類のあくびを。カウチの上で、まるで猫みたいに伸びをする。
本当に、誕生日なんてどうでもいいみたいだ。

「君が生まれた大切な日なのに…」

私は行き場の無い寂しさを感じた。
この日の為に、数日前から言葉も演出も考えていた。考え抜いていた。
どんな気持ちで君はひとつ歳を重ねるのだろうと、君の軌跡に立ち会えることを、私は本当に楽しみにしていたのだ。なのに、なのに。

「なァに、なっさけないカオしちゃって」

セッツァーは可笑しそうに口の端を歪めて、カウチの肘掛けに肘をついていた。
その通り情けなくも「だって」と口を尖らせそうになった私を、彼は見上げるようにして、そしてふっと息を吐くように笑った。

「陛下は、いつも誕生日を祝われて生きてきたんだね」

だから人の誕生日を大切にできるんだねえ。
その言い方は、皮肉を帯びたものでは無かった。真に感心するように、穏やかな微笑みを浮かべて、確かにそう言った。
私は胸が切なく締め付けられるようで、思わず言葉を落としてしまった。
誕生日おめでとう、と。
ありがと、とちょっぴり照れたように彼が目を細めた。

本当は、綺麗な言葉も、洒落た演出も花束も用意していた。用意周到な程に。
でもそんなもの、何も意味が無かった。彼を前にして、そんな形ばかりのものは何の価値も持たなかった。こんなに純粋な誕生日を私は知らない。
セッツァーは誕生日に何も求めなかった。
物欲が無いとか、期待をしていないとか、ではないのだ。
彼にとって誕生日はそういうものだった。ただそれだけに過ぎない。
だからこそ私は彼の誕生日が尊くて仕方ない。彼が生きて、私の目の前に居ることが、神様のくれた奇跡のように思えた。

「ねぇ、セッツァー」

来年はちゃんと誕生日覚えててくれるかい?
言うと、彼は小首をかしげ、一瞬の後、納得したように破顔した。

「誰かさんが来年も祝ってくれるならね」


(2012/2/8)
(Happy BirthDay Dear Setzer!)
君が誕生を愛すまで私は祈り続ける。


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