ひどいひと

※あんまり明るくない。
陛下がヘタレっていうかおかしい。




身体が怠い。
手足を上げるのが億劫だ。ちゃんとくっついてるのかいまいち実感が無い。
疲労感が身体中をぐるぐる巡回していて、いっそこのままベッドの中に溶けてしまいたい。
エドガーに強姦された。

なんとなく、ヤバいなって雰囲気はしてた。わかってた。
でも放っとけるほど薄情な人間じゃ居られなかった。
仕事が山積みだったのも、一人で対処しきれないくらいのストレスを抱えてたのも、俺の訪問が遅すぎたのも、全部が併合しての結果だったんだろう。何が悪いなんて言えない。人前でキレないのがアイツのプライドならばそれは仕方ない。

拘束が解けていたのは本当に良かった。
なんとかベッドから降りて、惰性でシャワーを浴びる。
縛られた手首が擦れていて滲みた。この痕を見てエドガーが思い出したら面倒なことになるな、そう思って溜め息を吐いた。
部屋に居ないとなるともう仕事に行ったのだろうか。

綺麗になったベッドで、泥のように眠った。



そして目が覚めると、視覚の隅に写った窓ではもう日が傾き始めていた。
睡眠を貪った身体はだいぶ元気になっていた。ああ良かった。これなら普通に振る舞える。だけどもう少し、もう少しぐだぐだしてたい。
ベッドの上で2、3回寝返りを打つ。タイミングを見計らったように、聞き慣れた足音が聞こえてきた。大丈夫大丈夫。言い聞かせてベッドから抜け出る。

「ただいま」

エドガーはいつも通りだった。
ただ、覚えていないならそれは良かったと思って、俺は心の奥底で本当に安堵した。
良かった。本当に良かった。

「おかえり」

しまった。声が思った以上に掠れている。

「…セツ?」

エドガーが訝しげな顔をする。
ああ、ヤバい。
取り繕え。誤摩化せ。気付かせてはならない。

「何よ、どーかした?」

エドガーは未だ疑心渦巻く顔をしていく。
ゆっくりと目線がずれて…
そして、その痕を見た途端、エドガーは表情と言葉を失った。






「…ねぇ、もういいってば」

さっきから涙と鼻水の音しか聞こえてこない。
その金色の頭を緩く抱いて、俺は小さく溜め息を吐いた。


ついさっき、この男、青くて深い海みたいな瞳を真ん丸くさせて次の瞬間、謝罪し始めたのだ、嗚咽混じりのその声で。
子供みたいにしゃくり上げてただひたすらごめんごめんと繰り返してまるで制裁を恐れるように、否、訴えるようにつよくつよく俺を包んだシーツを掴んでいた。
俺に、触れない。
嗚呼そんなに泣いちゃせっかくの整った顔が台無しだ、なんてこんな時にどうでもいいか。
ああしかし、こんな時ってどんな時だ。
いつもならただコイツは俺を当たり前のように抱き寄せてキスするのに。
それを俺が止めろって言って拒むのが日課なのに。
ああつまり、今現在がそういう場面じゃないのが「こんな時」ってことか。

「エドガー」

あやすつもりで口を開いたらやっぱり酷く掠れた声が出て、それがまたこの男の琴線に触れてしまったようで、彼は再びわんわん泣き出した。
多分、本人は色々言ってるつもりなんだろうけど俺にはよく聞き取れないむしろ全く聞き取れない。
それに時々舌を噛んでる。

「エド、落ち着け。ちゃんと聞くから、ゆっくり喋って」
「声…っ、セツの、声、が…」

声?ああ、声ね。

「俺の声がどしたの」
「す、すごいっ…、酷い、の…」

…悪かったね。

「それ…、わ、私が…昨日、酷いことしたから、で…っ」

そこまでやっと言ってエドガーはまた泣き崩れた。
酷い声はアンタの方だよって言ってやりたかったけど、さすがに空気読めてないと思ったから言わないでおいた。

さて、溜め息を飲み込んで、泣きじゃくるエドガーを再びあやしにかかる。
やはり覚えていた。いや、思い出したのだ。
ああ面倒臭い。コイツがちゃんとした性格してる故に。
昨夜遭ったことなんて、そんなの特に気にすることでも何でもないのに。

「苛ついてたんでしょ、しょーがないわ」

金色は頭を振って否定してみせた、予想通り。

「だって…わ、私がっ…ごめん、ごめん…っ」

ああ、同一人物とは思えない。
呼んでも訴えても声は伝わらなくて、取り憑かれたように身体だけ求めるこの男の下で、嗚呼どうせなら忘れてほしいとひたすらに願っていたのに。

「…覚えてんの?全部」

縦に振られる首。肯定。

「そっか」

だって俺はこの男を宥める術も慰める術も知らないもの。
だって、許すって言っても責めるでしょ自分のこと許さないでしょ。
無理難題だよどうすりゃいいのさ。

「いいよ、気にすんなって」
「…っ、私、私、セツを…ただ、ただ…、ごめんなさい…っ」

ああほら、無意味だった。
どうしろっていうのよこんな大きな子供のお守りさせないでよ。

「エドガー」

そうっと頬に触れて嗚咽に傾く顔を上げさせようとしたら、彼はびくりと震えた。
真ん丸な瞳がこっちを見て、すぐに海に沈む。大洪水だ。

「俺の顔、見て」

多分、涙で滲んでるんだろうけど。
笑ってみせた。たぶん、ぎこちない笑みになってしまった。

「怒ってないでしょ?」

きっと、こいつは俺に許しなんか請うていない。
俺が、エドガーになら何をされたっていいと思ってることくらい、無意識で無自覚でお見通しなはずだ。それくらいの時間も、想いも、俺たちは共有している。
自分で自分が許せないだけなのだ。

「せ、セツは…優しいっ…から、そうやって、す、すぐに私を許すっ…」
「許しちゃ駄目なのかよ」
「だって私は、わ、わからなかった…!君の声も…っ、自分が、何をしているのかも…!」
「あー、もう、泣くなって」

埒が明かない。

「いいんだよ。アンタが気にすることじゃない」

なんでどうして伝わらないかな、本当に気にしてないんだけどな。

「…でっ…、お願、い…っ」
「聞こえないって」
「嫌わない、で…っお願い、だから、私の、こと、嫌いにっ、ならないで、」

嗚呼この男、なんて馬鹿なんだろう。
嫌いになんてなれるはずが無いのに。

「エド」

この大きな子供は、俺が触れる度に息を止めた。
かたかた震えて、やっと俺の手を掴んで、そしてまた泣き出した。

「すき…すきだよ…っごめん、ごめんっ、す」
「俺も、好きよ」

だから心配しなくていいよ。
いいんだよ。
言葉では、宥めることが出来そうになかった。
だから俺はこの男の金色の頭を引っ張って抱いた。
こっちを見れないなら見なくてもいい。
嗚咽と震えが伝わって、俺の肩も小さく揺れた。
そして、今に至る。

つづき


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