メガネがアイデンティティ
「あ、」
最悪だ、まだ目の腫れが引いてない。
入学式が金曜日って、と思ってたけど正直助かった。こんな顔で新しい友達なんてできっこない。
ーーもうブンちゃんも教室には来てくれないし。
ああ、だめだ。1人でいると考えが暗くなったしまう。考えを振り切るようにもう一度冷たい水で顔を洗った。さっさとご飯食べてお店の手伝いでもしようかな。
そうと決まれば朝ごはんだ、とリビングへ向かうと既に兄さんが朝食を食べていた。いつもならとっくに部活に行ってる時間なのに、特大の寝癖を直しもせずに食パンと目玉焼きをバクバクたべてるなんて珍しい。
「おはよう。兄さん今日部活は?」
「おはよう。あぁ、昨日部長が一年になってよー。取り敢えず今日休みになったんだよ」
「え?部長ってよく来る赤メッシュの人じゃ……」
去年の夏頃、兄さんも副部長になったって騒いでたから印象に残ってるけど、……赤メッシュの人に何かあったのだろうか。
「赤メッシュって、よく遊びに来てるんだからいい加減名前覚えてやれよな」
呆れた顔で言う兄さんにごめんごめんと謝りつつ、私も朝食に手を伸ばす。そうはいっても、赤メッシュのインパクトが強くて名前覚えられないんだよなぁ。 申し訳ないとは思っている。
「昨日、なんかすげえ金持ちらしい奴が入学してきてよー。俺がトップだ!とかなんとか宣言して、テニス部が乗っ取られたって感じだな」
ったく、1年に負けるなんて情けねえ。とぼやきながら最後の一口を頬張る兄さん。自分が怪我してなければ負けることはなかったのにと悔しいのだろう。
……ていうか、これって多分跡部のことだよね、とトーストをかじりながら考える。1年生のときのことまで覚えてないけどやることが派手だな。確かに後輩やってる跡部は想像できないけども。氷帝か……完璧には思い出せないけどキャラ濃い人ばっかりだったような。これからも兄さんの苦労は続きそうだ。
「葵ー、あんたにお客さん!男の子!」
兄さんは怪我した足のリハビリにと出かけ、私もそろそろお店のほうへ行こうかとしていると、ちょうど店からお母さんの声が。男の子……だれだろう。家を知ってて且つお母さんの知らない人?心当たりを探してみても特に思い当たる人もいない。
「あれ?」
お店に出てみると、席に座って「よぉ」と手を挙げる男の子。とりあえず同じく手を挙げて応える。長めの青みがかった黒髪に丸眼鏡が特徴的な男の子だ。この丸眼鏡見覚えあるな……確かキャラにいたような。名前は思い出せないけど確か苗字は忍足……ええと、
「会うんは2年ぶりくらいやなあ。せっかく東京に引っ越したんやし、久しぶりにスヤ子に会いに行くゆうたら謙也に侑士ずるい言われたわ」
そうそう、確か忍足侑士だったはず、ってあれ?スヤ子?
「え?侑士くんて、あの侑士くん?」
「あのって、どれやねん。まさか、気づかなかったん?」
傷付くわー、と笑いながら言う侑士くん。確かにそう言われれば間違いなく侑士くんだ。というか、なぜ会ってから今まで気づかなかったんだろう……。忍足なんて珍しいのに……いや、あってからずっと「侑士くん」「謙也くん」呼びだし、手紙にも名前しか書いてなかったから苗字知らなかったな。すでに出会っているのに、原作には関わらないように、なんて考えていたのが馬鹿らしい。それにしても丸眼鏡で気づくなんてどういう覚え方してるんだよ私。
「ま、しゃあないわ、ここ1年で背も伸びとるし声変わりもしたからなぁ」
ひとり混乱している私のことを容姿が原因であると考えてくれたらしい侑士くん。確かにそれも十分ある。
「本当、最後に会ったときは私よりも背低かったのに追いつかれちゃったね」
「まだまだ伸びとるからなすぐに追い抜いたるわ」
そんな意地悪そうに笑う顔は昔と変わらないのに、声なんて全然面影ないくらいだ。恐るべし成長期………。
「あ、せや!スヤ子、ハイチーズ」
え、と返事する間もなく、そんな声とともに向けられた携帯からはパシャっという音が。まさか。
「フッ……、謙也に送信、っと」
「え、嘘まって、今笑ったよね。絶対私変な顔だったでしょ」
というか、急にハイチーズなんて言われてポーズ取れないし絶対間抜け面だった……。それこそ謙也くんにとっては2年ぶりに見る私なのに、変に印象付けられたら嫌だ。
「大丈夫やって。謙也の反応楽しみやなー」
「そういえば謙也くん元気?まあ、手紙見ても元気そうだけど」
「うざいくらいに元気やわ。あ、この前撮った写真みるか?」
2人との手紙は初めて会った小3の時から今までずっと続いていた。初めは毎日のようだったのがだんだんと間が空くようになったけど、今でも月1くらいにやりとりしている。謙也くんはいつも面白おかしく最近会ったことを書いてくれていた。先月分も届いて四天宝寺に入学するのだと書いてありついでに四天宝寺の面白い校則?が紹介してあった。侑士くんの分は珍しく入ってなくて残念だったけど、直接会いに来て驚かせたかったかららしい。
「え、これ謙也くん?」
見せてもらった写真には口いっぱいにたこ焼きを頬張りピースする謙也くんの姿。綺麗だった黒髪は染められていて、彼もまた成長した様子が見受けられる。
「髪染めてアホっぽさに磨きかかっとるやろ?」
「綺麗な黒髪染めたのはもったいないけど、明るい謙也くんには似合ってるかもね」
確かにポーズも相まってアホそうだけども謙也くんらしいといえば謙也くんらしい。そうメールで伝えといてよというと、調子にのるから黙っとくと言われた。相変わらずの2人の関係に思わず笑ってしまう。
「まあでも、スヤ子も元気そうで安心したわ」
「え?」
「最近の手紙、あんま元気なさそうな感じやったから、謙也も心配しててん」
そう言って私の頭をぽんぽんと叩く侑士くん。文面だけでわかるなんて凄いな。
「ま、伊達に長く付き合ってないっちゅうことやな。東京と神奈川なんてあっという間や、なんかあったら愚痴でも聞いたるわ」
多分、腫れが少し残る目にも気づいてたんだろう。謙也には内緒やで、と茶化す侑士くんの優しさに心が温かくなる。
「ありがとう。もう大丈夫」
侑士くん(と、話に出てきただけだけど謙也くんも)のおかげで起きた時の憂鬱な気分が晴れたような気がした。
きっと、明日は目の腫れも引いて笑顔で新しいクラスメートに会えるだろう。なんとなくだけどそう思った。
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