誰そ彼
「亡命するときは周りからは"そう"と見られないよう海賊の格好をしておきなさい」という助言はおそらく正しい。
漂っていた海で目の前に果実が流れてきて、飢えかけていたので無我夢中で手に取ってかぶりついたらそれが悪魔の実だった。
能力者であることを気に入られてルフィの船に乗せてもらえることになったのだ。

悪魔の実のおかげである程度戦闘能力が備わった今はもう男装をする必要性はなかったが、女であることをサニー号のみんなに告白する勇気もまた、なかった。
原因はサンジである。

「んナミすゎ〜ん、ロビンちゅわ〜ん、おやつの時間ですよ〜♪野郎共の分はテーブルに置いてあるから勝手に取って食いやがれ!」
筋金入りのフェミニストとはいえ、私が女だと知ってもこんな風に恭しく接してくれるのだろうか。可愛い子や美人な子にだけではないだろうか。
それを確かめるのが怖くて仕方がない。
男性クルー相手にも時折見せる優しさや、料理のときの真剣な眼差しや、戦闘の強さに心を奪われるのは時間が掛からなかった。

テーブルに置かれていたマフィンを食べながら、亡命するときに化粧品も持ってきたことをふと思い出した。
男部屋に戻ってバッグから化粧ポーチを取り出し、サニー号の隅の人目につかない場所に腰を下ろした。
「久しぶりだから順番忘れちゃったかもなあ…いや、いくらなんでもそれはないか」
自嘲するとコットンに化粧水を染み込ませ始めた。
化粧水でパッティング、下地、リキッドファンデーション、パウダーファンデーション、アイシャドー、手が勝手に動いていく。
マスカラは半ば自棄になってブラシにたっぷりと付けた。根本からギザギザに動かしていく。何度も何度も、睫毛が少しでも長くなるように。上を向くように。
最後に口紅を引くと、手鏡を持つ手を前に突き出して顔全体が写るようにした。
「…あんまり、可愛くないなあ」
二度目の自嘲。ウォータープルーフはそこまで強くないからこういう時に困るんだ。
瞳の表面に膜を張った涙を落とさないよう、慌てて空を見上げた。

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今日の夕食は***のリクエストを聞いてやるか。
軽い気持ちで姿を探し始めたがなかなか見当たらない。
思えば***は最初から不思議なやつだった。
ルフィ達と男同士遊ぶ訳でもないし、ナミさんやロビンちゃんの美貌を前にしても眉ひとつ動かさない。
「いつも何か言いたげなのに寂しそうにしてるな」というのが俺が持っている***への印象だ。
だからあからさまにマリモやウソップに対してのように無下にできないし、してはいけない気がした。

「あ、いた。おーい、***……っ!」
ようやく船の隅にいるのを見つけて声をかけたら、そこにいたのは化粧をした紛れもなく女の子の***だった。
ああ、そういうことか。今までの違和感はそういうことだったのか。
「なんで」「嫌だ」と涙を流す***が、思わず抱きすくめた腕の中で次第に観念したように大人しくなっていった。



(劣等感と違和感のグラデーション)


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