「あンのクソナード!ザコ!カス!気持ち悪ィストーカーオタク野郎!!」

全く散々な日曜日だ。
快晴の空、気温も良好。せっかくの登山日和だというのに、計画していた登山の予定は流れた。久しぶりに不動岳へ登ろうと思って、色々と準備してきたのに。それもこれも、先週担任から出された課題に手こずっているせいだ。さっさと終えてしまおうと思っていたのに、結局、期限の前日になってしまった。そして、今もまだ書き終わっていない。行き詰った結果、気分を変えようと外を歩いてみてはいるものの、初っ端から世界で一番ムカつくクソカスに出くわしてしまったせいで気分は最悪だ。
「クソ……クソデク!クソの分際で!次会ったら殺す!!」
怒りのまま掌に力を込めて小さな爆破を繰り返す。目的地が同じだったせいでしばらく後をつけられ、コンビニでコーラを買うことはできたものの、会計中にもあのブツブツが聞こえてきてクソ気分が悪い。この調子で家へ戻ったところで、家にはうるさいババアがいるし、イライラが収まらない状態では、きっとあの課題には取り組めないだろう。学校の課題なんかに悩まされる日が来るとは思わなかった、と思うとさらにイライラがつのる。
明日はもう参観日だ。担任が宣言した通り、演習の後には地獄のような手紙の朗読が行われるのだろう。そこで自分は、絶対に来るだろうあのババアに向けて、衆人観衆の中、感謝の手紙を読まなければならない。いや、その前に、感謝の手紙というものを書かなければならないのだ。感謝の手紙なんて、最後に書いたのいつだ?母の日も父の日も、小学生の頃は花をやったり家事を手伝わされたり肩をブッ叩いたりした記憶はあるのに手紙なんざ書いた記憶がない。幼稚園の頃は?どうだったか?というか、そもそも『かんしゃのてがみ』ってなんだったっけ?そんなことを考えながら、無意味に目的地もないまま競歩で街を歩き回っていた。
そんな時だった。
「あれーーーーーー?」
妙に間延びした、聞き覚えのある間抜けな声が空から聞こえてきた。
反射的に立ち止まる。
今の声。
遠くの、上の方から聞こえてきたような気がする。
「…………」
止めていた動作を再開した。
さっきよりもさらに歩幅を大きく、スピードも速める。
「バクゴーくん?あれぇ、バクゴーくんだ〜。おーいバクゴーくーん」
気のせいだ気のせい。何も聴こえてない。何にも気付いてない。
空から降って来るようだった声が、いつの間にか背後から聴こえてきたことになんか気付いてない。
「バクゴーくん!」
「…………」
「あれれ〜?聴こえないのかな?聴こえてないのかな?どうしよう〜バクゴーくんが難聴だってことに気付いてしまった〜いつも明るくて元気な彼が実はそんなハンディを抱えていたなんて〜」
再び足が止まる。
「てめぇそのワザとらしい挑発止めろや……」
仕方なく。本当に仕方なく。声の方へと身体を向けると、そこにはやっぱり見覚えのある顔が見覚えのある笑みを張り付けて立っていた。
「これからは優しさをこめておじいちゃんと呼んであげなくっちゃ〜」
「ブッッ殺すぞクソ女!!!!」
クソ髪のようなクソ赤い髪をクソ程伸ばして鬱陶しい、クソ舐めプ半分野郎の双子のクソクソ女だ。略して轟クソ女。
何でこいつがこんな田舎町にいるんだ死ね。
クソ女はニッコリと気持ちの悪い笑顔でパチパチと拍手を鳴らす。挙動がいちいち大げさでイライラする。面倒なことになる前に、さっさとこの場を離れようと歩き出した。
「わぁバクゴーくん!今日も元気だね〜楽しいね〜」
「こっちはこれっぽっちっも楽しくねェんだよ殺すぞ……!!」
「休日もバクゴー節が聞けてうれしいなぁ」
「隣に並ぶんじゃねぇ!!!」
「バッタリ会うのって初めてだね!このあたりに住んでるの?ていうかここどこ?」
「迷子かよダッセェな!!駅はあっちだわ早よ行って死ね」
「進んで道案内をしてくれる……親切!」
「俺はいつも親切だわ!!!」
「出た〜バクゴーくんジョーク!楽しいね〜」
何でこいつはいっつもこんなニコニコしとんだ。コスチュームと大差のないワンピースを着ているクソ女はごく自然に並んでくる。横目で睨んでも罵倒しても、何なら爆破で威しても、どこ吹く風でちっとも動じやがらない。
「待って待って。駅そっちでしょ?バクゴーくん進行方向上にいるじゃん?一緒に行こうよソウルメイト〜。あっソウルメイトってオールマイトに似てるねぇ」
その上競歩にも余裕でついてきやがる。そのクソ高いヒールの靴で、何でついて来れんだ。
「テメェはクラスメイトとも認めてねぇわ!!」
「えっうそ悲しい……。そっか……バクゴーくんの記憶力もついに限界が……」
「限界なんざねーーーーわ!!!」
「今日も絶好調ですなぁ」
本当の本当に最悪な日曜日だ。

「いやぁせっかくのお休みだから浮かれちゃってさぁ。範囲決めないで駆け抜けてたら、どこまで来たかわかんなくなっちゃったぁ」
「脳味噌クソ雑魚女」
「お腹空いちゃって力でないの〜。ねぇバクゴーくん、このあたりでおすすめのランチある?できればスイーツがあるお店がいいなぁ」
「空腹で野垂れ死ね」
一方的にペラペラと喋っていた経緯を簡潔に話すと、自主訓練中に迷子になったらしい。やっぱりクソだな、と結論付ける。毎日毎日街を走って跳び回るという訓練をしているというのを聞いて納得する部分もあった。個性は『炎』のくせに、妙にピョンピョン跳び回る女。入り組んだ地形での移動速度は滞空組に迫り、戦闘訓練ではあのデカいメガネを蹴り飛ばす。舐めプの兄とは全然違う戦闘スタイルと個性の使い方。あと性格もクソ程違ェ。けどどっちもクソだ。
「バクゴーくん、お腹すいたぁ」
「ウゼーな!自分で探せや!!」
「スマホ家に忘れた〜。バクゴーくんスマホ貸してくれる?」
「知るか死ね!」
「じゃあ案内してよ自分の街をさ〜」
勝手に迷子になっとる奴が何で上から目線なんだ死ね!
ありったけの大声で怒鳴ったが、そいつのクソ笑顔は一ミリも歪まないのだった。

「ねぇ何にする?」
結局、金魚のフンみたいにずっと後をつけ回されて謎の疲労に襲われた俺が一休み入れるために入った店は駅近くの喫茶店。当然のように続いて入って来たクソ女にコンビニで買っていたコーラを押し付けた。荷物ぐらい持てや、と言う必要もなくすんなり持ったため言葉を飲み込んだ。適当に空席へ座ると水を持って来た店員がメニューを置いて行ったのでそれを正面のクソ顔目掛けて投げた。すんなり受け止められて舌打ちが出る。
「わ〜おいしそうだねぇ!バクゴーくんよく来るの?おすすめのメニューある?」
「うるせぇ!適当に入っただけだわ!」
「おすすめのメニューは?」
「超辛ナポリタン」
「ふわとろオムライスにしよーっと」
「ふざけんな死ね!!!!!」
注文を終え、心底不本意なやりとりが何巡か続いた後、料理が運ばれてきた。昼飯にはまだ早く時間は十一時を過ぎたところだ。元々長時間外を歩く予定ではなかった。ここで食って帰るとまたババアがうるせえ。そう思って唯一注文したジンジャーエールを喉に流し込む。
「ねぇねぇバクゴーくん」
「早よ食えや」
「明日の授業参観、バクゴーくんのところは来るの?」
「さぁな」
「バクゴーくんってお母さん似?それともお父さん似かなぁ。ねぇ爆破の個性ってどっち譲りなの?」
「ババアはグリセリン。親父は酸化酸」
「ってことは複合個性かぁ。グリセリンって美肌効果あるんだよねぇ知ってた?お母さん美人でしょ〜」
「美人じゃねぇわ!あんなババア!!」
「そんな強く否定することかな?でもバクゴーくん美人だから美人そう〜」
「てめぇ鏡見たことないんか」
「うん?見てるよ毎朝」
「……脳味噌クソ雑魚女」
「ねぇもっとかわいいあだ名作れないかな?」
「は?」
「ほら〜何かあるでしょ?わたしをよく見てよ!」
「クソ赤髪」
「切島くんと生き別れた兄妹みたいな呼び名だなぁ」
「切島もてめぇみたいなのがいたら迷惑だろうよ」
「えぇー?そうかなぁ?ていうかバクゴーくんって切島くんとは仲良しだよねぇ」
「別に良かねぇわ」
「ふふ。お友達できてうれしいね〜」
「違ぇっつってんだろ、この脳内お花畑女!」
「あっそうだ。バクゴーくんはもう書いた?お手紙」
「ぁあ……?」
「感謝を形にしろって言われても難しいよねぇ」
「ハッ。ヨユーだわ、あんなモン」
家に置いてきた課題の存在を思い出すと頭が重くなる。そうだ、今日中には書き終えなければならない。余裕だわ、と大見得を切ったものの、書き始めすらまだ決まっていなかった。誰だ手紙を朗読するなんて決めやがったヤツは。家族に感謝なんて考え出すタマかあの担任は。日頃あれだけ合理的合理的って言ってる割に、今回は非合理極まりない。特に朗読なんて究極に時間の無駄だろうが。手紙を書くだけならまだしも、朗読なんて決まりがあるせいでちっとも進まない。
「てめぇいっつもペラペラ喋ってんだろが」
「ん?そりゃあ女の子はおしゃべりな生き物だもん。でも家族に手紙って初めてだし、なんか恥ずかしいなぁ。『おねえちゃんいつもありがとう』だけじゃダメかなぁ?」
「…………おねえちゃん?」
「明日は姉が来るんだよ。冬美ちゃんっていうの。美人だよ!あとバクゴーくんがおねえちゃんって言うの、ふふ、なんかかわいいね……」
「うっせえわ……」
体育祭のことを考える。轟とクソデクの会話を立ち聞いた内容によると、父親はクソ野郎で母親はずっと入院中だという。あの舐めプの親ということは、そういえばこいつの親の話でもあるってことだ。腹立たしい奴だというところ以外は、似ても似つかない二人だが、双子の兄妹だということを再認識する。直接絡む様子が全くないから、忘れかけていた。男女の兄妹ってこんなもんなのか?と疑問にも思うものの、考えたところでわかる筈もない。
「冬美ちゃんはねぇ凄いんだよ。家事のスペシャリストだよ。特にごはんがおいしい。美人なのに!」
「美人関係ねぇだろうが」
「美人だということで、おいしいごはんがさらにおいしくなるんだよ!」
「…………」
「え、なにその視線。やめてよ!傷付くよ!」
やめてぇ、と相変わらず大げさな身振り手振りが鬱陶しい。いいからさっさとオムライス食い終われや。ふわとろおいしい、と表情が緩むそれを横目に窓の外を眺める。大通りからは外れているので混雑はしていないものの、日曜日の朝ということでそれなりに通行人がいる。家族連れもちらほら見る。三歳にもなってなさそうな小さいガキは、両親どちらかに手を引かれるか、抱きかかえられていることが多い。ハッキリとは覚えてないが、俺だってあれくらい小さかった頃は同じようにされていただろう。そんで、その頃にはもう、夢は決まっていた筈だ。
「…………てめぇの親は」
「ん?」
「ヒーローになるって聞いて、どうだったんだよ」
ただでさえ大きい目が、さらに大きくなった。目潰しで狙えそうだ。
「どうだった、とは?」
「賛成とか反対とか何かあんだろうが」
あの話でいうと兄の方は念願の個性二つ持ちだってことでNo.2ヒーローから長年にわたって訓練を受けてきたらしいが、このヘラヘラしたクソ妹について言及はなかった。そして独特に練り上げられた戦闘スタイル。独学だと誰かと話していたような気がする。まあ舐めプの個性に頼り切った戦い方とは全然違う。それに加えてあのちゃらんぽらんな態度。気味が悪いと思うことが多々ある。
「んー……、特に……。っていうか、進路決まってはじめて言った感じだからなぁ。驚いてたよ、冬美ちゃん。心配はされたけど、特に反対はされてないなぁ」
進路決まって初めてってことは、進路希望も出願も入試も、全く言ってねぇってことか。大分闇深ぇなこいつ。ドン引きだ。内容自体もだが、そんなことを笑って話すこいつにも、そして話に全く登場してこないこいつの両親にもだ。要するに姉とやらにしか言ってねぇってことだろこいつ。
「イカれ女」つうかイカれた家族。
「うれしくないあだ名〜」
「ピッタリだろ」
「ヒーロー名決める時も思ったけど。バクゴーくんって、ネーミングセンスだけはないよね!」
「はあ!?クソあるわ!」
「じゃーハイ。もう一回やり直し」
「クソイカれ女」
「も〜!」
「これ以上ない名前だろうが!?」
「それを胸張って言えるこの豪胆さよ」
「てめぇの捻りのないヒーローネームよりマシだわ」
「えっ……覚えてくれてるんだ……?」
「覚えてねーわ!」
「情緒がやばいねバクゴーくん」
「てめぇにだけは言われたくねーぞクソ電波」
「バクゴー辞苑には蔑称で使える語彙しか載ってない説〜」
「は?二十五万語はあるわ!」
「広辞苑と同等かな??は〜その語彙わけてほしいよ〜。ねぇそうだ、バクゴーくんのご家族は?応援してくれた?」
「あ?気合い入れて努力しろってブッ叩かれた」
「なにそれ、爆豪家っぽい!」

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