その日はいつもと少し違った。
春と夏の間の季節。雨が降ることも多いけれど、暑くも寒くもなくて過ごしやすい季節は、暑さに弱いうちの家族の半数が快適に過ごせる期間だったりする。二つの個性によって上手に体温調調節ができる末の弟を除いた他の家族六人は、それぞれが暑さと寒さにそれぞれ強かったり弱かったりと体質が偏っているところがある。日常生活に支障が出るような大げさなものじゃないので、夏とか冬とかにちょっと気を付けていれば、体調を崩すようなものでもない。私もそうだし、もう長い間病院で暮らしているお母さんも、大学生になって頑張っているすぐ下の弟も、もう七月も中旬にでもなれば、暑さですぐだるくなっちゃうんだろうな。そんなことを思いながら、今日も病室へ向かう。すれ違う看護師さん達に軽く挨拶をして、ナースステーションで受付を簡単に済ませるともうすぐそこだ。着替えやタオルの入ったカバンを持ち換えて、病室のドアに手を掛けた。
「お母さん、洗濯物……あれ、焦凍?」
ドアを開けるとすぐ目に入るベッドが一つ、そこに腰掛けるのはそこで寝泊まりをしているお母さん。そしてその向かいに、椅子に座った人物が一人。末の弟の焦凍だ。今日は平日で、朝学校へ出かけて行ったのを見送って以来だ。
「どうしたの、めずらしい」
「二回目……」
「何が?」
「べつに、なんでもねえ」
「そう?」
私服に着替えているのは、一度家に帰ったのだろう。律儀な弟に感心しつつも、制服姿を見せてあげるのも喜んだんじゃないかな。あとで家に帰ったら言ってみようかな、と思いながら、持って来た鞄の中身を取り出す。
「お母さん、洗濯物入れとくね」
「ありがとう、いつも」
「なに言ってるのっと」
キッチンはさすがについていないけれど、個室には洗面台とトイレが備え付けられている。色々と荷物を収納できる戸棚や作業台になるスペースもあるので、いくらかまとめて日常使用するものをしまっておけるのはありがたい。長年通い詰めているだけあって、勝手知ったる何とやらで取り出しやすそうな場所へそれぞれ衣類などをしまっていく。平日に焦凍がいるのは新鮮だ。初めてじゃないだろうか。お母さんもうれしそうだな。
「何か用事でもあったの?」そう尋ねると少し表情が硬くなる。おや、と思ったけれど、べつに、と言いながら不意に立ち上がった焦凍のポケットから落ちた紙がすべて教えてくれた。焦凍が拾うよりも先に拾い上げて、折りたたまれていたそれを開いてしまったからだ。
「授業参観のお知らせ?」
「……勝手に見んなよ」
学校から配布されたのだろうプリントに大きく書かれていたのは、私には馴染みの深い『授業参観のお知らせ』という文字。ざっと全体に目を通す。ふむ。再来週の月曜日ね。お母さんは目を丸くしてその単語に驚いた。焦凍は完全にバツの悪そうな顔をしている。見られたくなかったのかな。でも、一度着替えに戻って、わざわざこのお知らせを持って来たんだよね。
「そっか、そっか、なるほどね」
自分よりもすっかり背の高くなった弟が、鍛え上げられたくましくなった弟の姿が、なんだかいつもより大分小さく見えてしまう。小学校や中学校でも、きっとこういうイベントはあっただろうに、お母さんのことで色々悩んで、向き合うことができずにいた昔はそれどころか会うことすらできなかったのだ。会いに来ることができるようになって、まだほんのひと月だけど、二人はここで穏やかに時間を過ごしている。その姿を見るのがうれしい。けれどお母さんは、徐々に眉を下げていく。
「焦凍……ごめんね、お母さん行けなくて……」
「違う、知らせたほうがいいのかと思っただけで……だから、べつに……」
焦凍まで悲しそうな顔をしてしまう。
「ごめん……」
「焦凍……」
「あ、あの二人とも……」
二人とも、お互いに気を遣いすぎだよ!
そりゃあまだもうちょっと時間が必要なのかもしれないけどさ。
家族なんだから。
自分でこの状況を作り出してしまっただけに、どうしようという焦りが駆け回る。
手にはまだお知らせのプリントがあって、なんとなく見ていると「そうだ!」一つ、頭に思い浮かんだことがあった。
「私が行くよ、授業参観!」
そう口にした途端、二人は全く同じ表情になって驚いた。

「はい、雄英高校」
電話の向こうの声はとても低い声で簡潔に響いた。
もしもし、と言葉を返す。
「一年A組の轟焦凍と燐子の家族の者ですが、担任の相澤先生をお願いいたします」
手には先日、最終的に焦凍から預ることになった授業参観のお知らせのプリントを用意している。仕事から帰宅したところで、二人の弟妹が通う雄英高校へ連絡を入れたのだ。運よく、電話に出た男性が担任の相澤先生だということがわかり、姉だと告げる。第一声の印象とは違って、礼儀正しい先生そうだ。
「弟と妹がいつもお世話になっております」
「ちょうどよかった、先ほどご自宅に連絡させていただいたところで」
「そうなんですか?すみません、今帰ってきたところだったんです。職員会議が長引いてしまって……」
「職員会議?……あぁ、確か小学校の先生を」
「あ、はい。……なんだかヘンな感じですね、先生同士って」
お互いに教師だということもあって、少し親近感がわく相手だなと笑ったところで、相澤先生が何か用事があって電話をしていたことを思い出す。何だろう、二人に何かあったのかな。それともケンカ?焦凍はクールだし燐子は明るいけど、どっちも結構負けん気が強いからな……。それぞれの中学生時代が少し脳裏に過ったところで「いえ、授業参観のことでお話があっただけです」と否定されたので、ホッと息を吐く。
「授業参観はどなたかいらっしゃいますか?」
「あ、私が。実はそのことでお聞きしたいことがありまして……」
「何でしょう」
「授業参観の様子をビデオに撮っても大丈夫でしょうか?絶対に邪魔にならないようにしますので……」
お母さんの一瞬輝いた表情を思い出す。焦凍はそれを見て複雑そうな、もの凄く複雑そうな顔をしていたけれど、病院から出ることができないお母さんに、ぜひとも観せてあげたい。幼いころに離れ離れになった子どもが、今、こんなに立派に成長したんだってところを。
ーー燐子に至っては、お見舞いすら来ないし。
「申し訳ありませんが、撮影録音機器の持ち込みはセキュリティの関係で、近視させていただいてるんですよ」
「そうなんですか……」
やはり撮影の許可は出なかった。
自分の勤めている小学校と、国内屈指の進学校である雄英高校では、さすがにセキュリティの重要さが違う。春には敵の襲撃事件まであったのだから、仕方のないことでもある。
お母さん、残念がるだろうなぁ。
その後も通話は続いて、相澤先生の用件の方に話は移る。授業参観当日の内容について説明を受けて、理解して、了承する。ほどなくして受話器を置いた。
さぁて。明日、どうやって切り出そうかな。


「ねぇねぇ冬美ちゃん。冬美ちゃんが来るの?授業参観!」
私には下のきょうだいが二人いる。
「うん、行くよ!かっこいいところ、見せてね」
「じゃあやっぱり冬美ちゃん宛に書かなくっちゃな……」
「ん?なに?」
「ううん。でも冬美ちゃん、お仕事はいいの?」
「大丈夫だよ。半休取れましたぁ」
「わーさすが公務員!」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ〜何せかくいうわたしも公務員志望!ヒーロー候補生だよ!」
ころころと鈴の転がるような軽やかな声が耳元で鳴る。
どちらかというとお父さんの遺伝子を濃く受け継ぐ末の妹の燐子は昔から活発な子で行動的。大人しい性格で人見知りの強かった焦凍とは、双子ながらも真逆の存在だった。小学校の六年間を終え、中学に進学する準備の期間、桜舞う春休みが終わりに差し掛かる頃。あの子は家から出て行った。
「お知らせ読んだよ。演習するんだってね?ヒーロー科の授業風景なんか見たことないから楽しみだな」
「うんそう。USJでするのかなぁ。あそこ色んな災害フィールドがあって、インパクトあるから」
「どうだろ?インパクトで授業決めるような先生じゃない感じだけどね」
「まぁそうだね。……冬美ちゃん、相澤先生と会ったことあったっけ?」
「え?あぁ……この前ね、電話で話したの。授業参観でビデオ回していいか聞きたくて」
「ビデオ?そんなの撮って、何になるの?」
「……ほら、私しか観に行けないから、映像で観れるなら観れた方が話を聞くだけよりも楽しいでしょ?」
「ふうん。それで、先生いいって?」
「ううん。機材の持ち込みは禁止してるんだって」
「あー前マスコミとひと悶着あったしねぇ」
「いやあ、色々と大変だねえ」
「ねー。先生たちも大変だ。でもわたし的には、撮影なんかされると恥ずかしいから禁止されててよかったな〜」
「ええ?どの口が言うか」
「でもさ、もしビデオ許可もらえてたとしてさ」
「うん?」
「パパは夜中にこっそり観そうだよね」
「ぷっ」
楽しそうな声が鳴る。
電話の向こうで、妹はきっと笑っている。


参観日当日。
朝のHRが始まる八時二十五分。
私を含めた、一年A組の生徒二十一人分の保護者が、雄英高校に集まっていた。
広大な面積の敷地を保有する雄英高校のほんの一角、市街地を模した演習場という場所で、私たちは一か所にまとめられている。
「それでは皆さん」全身黒づくめの男性、相澤先生が言う。
「バスが到着したようです。そろそろ、準備をお願いします」
近くにいた、淡い金髪の女性が元気よく返事をする。かなりの美人さんだ。燐子が好きそうだな、と思いながら、そばに座り込んでいる緑髪の小柄な女性が控えめに宥めているやりとりをぼんやり見つめる。それまで朗らかに談笑していた可愛らしい雰囲気の女性も、瞳がキラキラ輝いている女性も、カエルのような見た目の可愛らしい男性も、そして私も、神妙に頷き合った。今から私たちの命運は、一蓮托生だ。
息を吸い込む。

「ジョウダンダトオモイタイナラ、オモエバイイ。ダガ、ヒトジチガイルコトヲワスレルナ」目の前には鉄の檻。その先には深く深く暗い大きな穴が空けられている。これがクレーターってやつか、とこっそり中を覗き見る。底は見えなかった。大分深いということだけは分かった。どうやって空けたんだろうこの穴、と思いながら、弟の名前を呼ぶ。二十一名、唖然としてこちらを見ている集団から、前面に出てきた焦凍と目が合った。
「ボクハココニイル」変成器か何かで声が変えられた無機質な声が背後から聴こえると、私たちは前に出ようとするその黒マントの人物を避けるようにしてのけぞった。
「サキニイッテオクガ、ガイブヘモ、ガッコウヘモレンラクハデキナイノデアシカラズ。アァ、モチロン、ソコノデンキクンノ『コセイ』デモムダダ。ニゲテ、ソトニタスケヲモトメニイクノモキンシダ。ニゲタラ、ソノセイトノホゴシャヲスグニシマツスル」
中々エグいこと言うなあこの人。この人も教師なのだっけ。思わず目で追ってしまった。轟さん、と小声で呼ばれてハッとする。
「あかん!檻が頑丈でどうにもできひんわー!!」
「と、父ちゃん!!」
「た、助けて、百さーん……!」
「お母様があんなに取り乱すなんて……気をたしかに……っ」
「ゲコッ、ゲコッ」
「危険音……ケロ……」
「焦凍……」
「姉さん……」
燐子はどこにいるんだろう。人だかりで、よく見えない。後ろの方にいるのかな。穴の淵にいる生徒が黒マントの人と話をしている。血の気の多そうな男の子が、掌で爆発を起こしてこちらへ駆け出そうとして、彼の母親らしい女性が犯人に引き寄せられたことで足を止める。緊迫した空気の中、男の子と女性の日常感あるやりとりに少し笑う。生徒たちから見えないように、静かに後ろの方へ下がることにする。こっそりと。私はそんなに演技もうまくないから、あんまり目立たないようにしておこうかな。
「……それで、あなたの目的は何ですか」
「……モクテキハ、ヒトツ。カガヤカシイキミタチノ、アカルイミライヲコワスコト。ソノタメニ、ダイジナカゾクヲ、キミタチノメノマエデ、コワシテシマオウトオモッテネ」
「……それだけのためにかっ?」
「俺たちが憎いなら、俺たちに来いよ!家族巻きこむんじゃねえ!」
「ボクガコワシタイノハ、キミタチノカラダジャナイ。ジブンヲキズツケラレルヨリ、ジブンノセイデ、ダイジナダレカガキズツケラレルホウガ、キミタチハイタイハズダ。ヒーローシボウノキミタチナラネ」
「……あなたもヒーロー志望だったのなら、こんなバカなこと、今すぐやめなさい!」
「そうだよ!こんなことしてもすぐ捕まるんだからね!
「ニゲルツモリハナイ。ボクニハ、ウシナウモノハナニモナインダ。ダカラ、キミタチノクルシムカオヲ、サイゴニミテオコウトオモッタンダ。キミタチモ、ダイジナカゾクノサイゴノカオヲ、ヨクミテオクンダナ。――サァ、ダレカラニシヨウカ……?」
「やめて!!」
私たちが固まっている方へ手を伸ばすので、他の保護者の方が後ずさる。隅の方でひと固まりになる。上品で大人しそうな女性が少しよろけて肩に当たる。申し訳なさそうに振り返るその人に大丈夫ですと手を振った。
「あの子たち、何かやるみたい」不意に、そんなつぶやきが聞こえてきて声の方へ顔を向ける。先ほどの元気なお母さんだ。確か息子さんの方は、体育祭で焦凍と闘っていた子だ。さっきの爆破で思い出した。私たちの視線に気が付いた女性は、小声でそう話して外から見えないような位置で指をさした。
男の子にしては大きな目をキラキラさせるまぶしい金髪の子が犯人に話しかけている。他の何人かの生徒も、大きな穴を越えて、はっきりこっちにまで届くような大きな声で、堂々と発言していた。
「響香……立派になって……」
「梅雨…………ケロケロッ」
「百さん、……ううっ」
「まったく、なんでうちの子は、あんな離れたトコで睨んでんだか……」この人、そうだ、爆豪さんは、息子さんの態度にちょっと不満があるみたいだけど、他の生徒の保護者さん達はみんな、自分の子供が、誰かのために頑張っている姿を見て、感動しているようだ。私もその気持ちは、すごくよくわかる。小学校、中学校と孤立しがちだった弟は今、他の生徒の輪の中で、一生懸命だ。あまり人と話してこなかったから、たどたどしくもあるけれど、犯人を説得している。たぶん、犯人の気を引いて、別の何かを逸らそうとしてるんだろう。――昔の焦凍なら、問答無用で、凍らせていただろう。
お母さんに、この姿を見せてあげたかったな。

「ヒーローって凄いんだね」気付けばそう呟いていた。
地面に座り込んでいた、私のところに焦凍が小走りで来てくれたので手を借りて立ち上がる。きょとんとするあどけない顔は毎日見ているかわいい弟のそれだけど、さっきの焦凍は、まるで本当のヒーローだった。
「どうした、姉さん」
「かっこよかったよ、焦凍。説得する姿も、私たちを助けようと個性を使ってくれたことも……大きくなったんだね」
「……やっぱどっかぶつけたんじゃねえの」
「照れちゃって」
「照れてねえ」
ムッとしてしまった。でも私は姉だから、よく知っている。この表情は、間違いなく、照れている。服についた砂埃を手で払った。ほんの数秒、宙に浮いていただけだというのに、久しぶりに地面に足をつけたような気がするくらいには、心が逸っていた。仕方ないと思う。捕らえられ、閉じ込められたかと思ったら、炎が上がって、救出されるかと思ったら、爆発が起きて、地面は揺れて、炎の海へ落ちそうになって、シートに乗せられて一瞬で氷の橋を滑り抜けた。無茶苦茶だ。アクション映画みたいな展開だった。でも、ヒーローになるってことは、こんな事件も大げさじゃないってことなんだよね。
「助けてくれてありがとう、焦凍」
「…………無事でよかった」
子どもの焦凍はいつも泣いていた。お母さんがいた頃には、その腕の中で。いなくなってからは、いつも一人で、小さな小さな男の子が泣いていた。そしていつの間にか涙は消えて、心が凍り、冷たい壁で覆われたそれがいつしかゆっくりと溶け始めた。追い抜かれた身長も、たくましくなった背中も、精悍な顔つきも、焦凍の積み重ねてきた過去が、今の焦凍を形づくる。この笑顔も。
「授業参観、私でよかったかも……。お母さん、人質役なんかやったら倒れちゃいそう」
「あぁ」
「お土産話、いっぱいできそうだなあ」
「あぁ……」
「私、仕事終わったら病院行くけど」
「俺も行く」
「あーあ。ビデオ撮れてたらなぁ。臨場感バッチリなのに!」
「残念だったな」
「残念じゃないんだなぁこれが〜」不意に、背後から明るい声がかかった。
「え」探していたその声に振り返る。
「グッモーニン冬美ちゃん!」
演習中、探しても見つからなかった妹が背後に立っていた。後ろで手を組んで、いたずらが成功した子どものような顔をしている。
「燐子」
「はい燐子ちゃんですよっと」
「今までどこにいたの?」
「後ろにいたよ」
「後ろって」
「あと、はいこれ」組んだ手をほどいて、驚きが溶けないままの私へ差し出すように前へ出してきた。どうした、と思い見つめても、ニコニコとその笑みは崩れない。首を傾げつつ、お望みどおりに利き腕の方で手のひらを受け皿にして出すと、コロンと何かが落ちてきた。焦凍も怪訝な顔でのぞき込んでくる。
「なにこれ……USB?」手に乗っているのは、PCに接続してデータを取り込んだり、抜き出したりとデバイス間での移動が可能になるUSBメモリーだ。接続部分の金属以外は、真っ白な色をしている。
「相澤先生からの伝令でーす。雄英の基礎学の授業は、こっちで全部映像を記録してあるんだよね。家庭内で楽しむ用途に限り、一時的に貸し出しを許可します〜ということですぅ」
相澤先生、こんなかわいいメモリー使ってるんだな。と何となく思いながら特に意味なく、軽くつついたり手の中で転がしたりする。これに映像データが入っているということなんだろう。
「今朝見回りでモニタールーム行ったときねぇ先生がコレ挿しとけって。同時録画してたんだよ〜知能犯〜」
そういえばこの子、相澤先生に師事しているんだっけか。
「じゃあお前、今日のこと知ってたのか」
「んん?先生からはべつに何も言われてないよ?なんとなく察して、なりゆきを観てたけど」
「…………」
「じゃあ私は後片づけあるから。じゃあね〜」
「あっ、燐子!」
「らんらりりりりりらん、らららららりりりらららららん」
行ってしまった。
どこかで聴いたことあるような歌を口ずさみながら。
あれ、何の歌だったかな……。
「ま、まあとにかく。ビデオのこと、お母さんに見せるって気づいてくれたのね。後で、焦凍からもお礼ちゃんと言うんだよ?」
「……わかってる」小さくなっていく燐子の背中をすごい形相で睨みながらも、焦凍は頷く。
「お母さん、きっと喜ぶよ」
「……あぁ」
そしてかすかにゆるむ頬。
まったく。きょうだい仲良くしてほしいんだけどな、お姉ちゃんは。
弟と妹の、思春期はまだまだ続きそうだ。

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