数日前から大瀬の様子がおかしかったのは分かっていた。 でも及川や大瀬本人に尋ねても『放っとけ』の一点張り。 何でかが、全くもって分からなかった。 けどその原因は、奴の彼女の口から教わってしまう。
「別れたの、私たち。他に好きな人が出来たからって・・・、私が邦臣くんに。」
「別れたって、え!?」
「錦くんこと好きだから。邦臣くんとは、これ以上お付き合い出来ないって。」
告白された彼女の想いと共にー・・・。
翌日。 学校に着いた俺は、自分の教室に入るのを躊躇い、目の前にある扉を開けれずにいた。
『答えは言わなくていいの、錦くん。錦くんが聞いてくれた。私、それだけで嬉しいから。』
彼女はそう言って俺の前から去って行った昨日の放課後。 あんなことがあった後の次の日だ。 どんな顔で大瀬と顔を合わせていいのか、何も答えが出てこない。
(おまけに席は、真後ろだしな・・・。)
すると一緒にいた及川が、
「どうしたの?浬くん。ドア開けてくれないと、僕も教室に入れないんだけど。」
そんな俺に首を傾げて前に立ち、ドアをガラッと開けてしまう。
「え、あ・・・!」
その一瞬、思わず竦んだ体。 心の準備が出来てなかったからドギマギしたけど、教室内に大瀬の姿はなかった。 どうやらまだ学校到着してないようだ。
(・・・よかった。)
大瀬が学校に、まだ来てない。 それだけで少しホッと一息。 だけどそれは時間の問題だから、また直ぐにでも穏やかじゃいられなくなるが、ほんの少しだけでも今の心には有り難かった。
「・・・大瀬くん、来ないね?」
「そうだね。バカだから風邪でも引いたんじゃない?」
しかしその後、大瀬の姿は、予鈴が鳴っても現れない。
(・・・・・・何してんだ、あのバカ。)
おかげで安堵したはずの気持ちが、今度はモヤモヤと。 どちらも理由は同じなのに、ただ奴が来ないというだけで左右させられた。 あと5分。いや、あと3分経ったら本鈴が鳴る。その時、
「ー・・・。」
「!」
ガラッと教室の扉が開いて、ようやく大瀬がご到着。 直ぐに本鈴が鳴ったから、誰かと会話をすることなく、そのまま一直線で自分の席に着く。 遅刻ギリッギリだったくせに、焦った色は顔になく、至って平常と変わらない様子。 俺も俺でやっと来た大瀬を見て、胸をまた撫で下ろしたが、それが始まりだった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
今日に限ってやたら背中に刺さる真後ろからの視線。 それはもう、どの授業でも。 だけど俺から大瀬を見ようとすると、彼は何でもなかったように、一瞬で直ぐ逸らす。
(なんなんだよ、いったい・・・。)
昨日のこと、もう大瀬の耳に入っているのだろうか。 俺としてはなるべく穏便に済ませたいところだが、向こうからしたらそういうわけにはいかない・・・か。
「はい、今日の授業はここまで。ここの公式、今度のテストで出ますので、しっかり覚えて下さいね。」
校内中に授業終了のチャイムが鳴り響く。 それと共に今行っていた数学の授業も終わり、これから1時間ほどの昼休みに入る。 すると、
「浬。」
「!」
授業が終わった直後、そのまま後ろから大瀬に呼ばれる俺。
「どうしたの?大瀬くん。」
「2人で話したいことがある。・・・ちょっといいか?」
ずっと視線を浴びせられた午前中。 いつか来るだろうと覚悟していた分、それほど驚きはしなかった。
「・・・分かった。」
だから俺は静かに頷き、彼のあとについて行く。 大瀬の呼び出しタイミングは、前回と一緒。 それで教室を出る前に思い出したのか、
「及川。お前はついて来るな。」
こっそり後をついて行こうとしてた及川に気づき、そう先に忠告。
「・・・!」
バレた及川は、いつもみたいに笑って誤魔化すことなく、ピタリと足を止めた。 けど弁解もなければ文句もなく、何も言葉を発さない。 いかにも何かを言いたそうな顔なのに、そのまま俺らを見送る。 そんな及川も気になって、気づかなかったもう一つの視線。
「・・・・・・・・・。」
まだ教室にいた数学担当の神崎先生にも、この背を見られていたことに。
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