そうして大瀬と一緒に、教室から外に出た昼休み。 向かった先は人の目が付きにくい校舎裏。 ここには以前も連れて来られたが、相変わらず静かな場所だった。
「・・・昨日、藍子ちゃんから聞いた。浬に告ったって話。」
「え。」
「オレがお前に言いたいこと、分かるよな?」
「・・・・・・。」
大瀬に呼び出された用も。 これから言われることも。 どちらも察しがつくから、俺はゆっくり頷く。 そこに決着をつけるとしたら、まさに今がその時。
「じゃ、話が早いな。」
グッと強く握り拳を作った大瀬は、向き合うように俺の前に立つ。 そして次の瞬間ー・・・、
「もしオレの彼女を。彼女だった藍子ちゃんと付き合うことになったら。その時は、オレの時以上に彼女を幸せにしてやって下さい。」
その拳を打つけてくることなく、それどころか深々と、俺に頭を下げたのだった。 もちろんそれは予想とは、全然違う展開。
「・・・は?」
何を言ってんだ?コイツ。
「いつかはこうなるって、分かってたことだから、な。絶対に浬だけにはって思ってたんだが、やっぱり敵わなかったな。」
この結末を分かっていたかのように納得して。 素直に敗北を認めるような真似をしやがって。 ずっと自分の彼女絡みのことで敵意を剥き出しにしていた男が、ホント、今さら何を言ってんだ。
「・・・大瀬、くん。話したいことって、それだけ?」
「あ、ああ。・・・要は、付き合うことになるのならオレのことは気にせずに、藍子ちゃんを大事にしろって。それだけ浬に伝えたかっただけだ。」
「そう・・・。」
そんな大瀬を目の前で見て、逆に納得が出来なかった俺。 妙に腹が立って、ここぞとばかりに俺は奴の敵となる。
「で?付き合ってた彼女を、俺に易々と奪われた感想はそれだけ?」
「え?」
「彼女も気の毒だな、こんな男と今まで付き合ってただなんて。」
「・・・浬?お前、何言って?」
「ちょっと優しくしただけで彼女、その気になってさ。何度も何度も手ぇ出すなと言ってきた割には、簡単でびっくりだったよ。」
今までとは違う素振りに、違う声色の俺。 それはいきなりのことで、それを目の前で見た大瀬は拍子を抜かしていた。
「・・・なんだよ、それ。おい!どういうことだよ!!」
けどあっという間に、俺が言ってることを理解。 失ってた怒りの感情を取り戻したのか、顔も口調も険しくなっていく。
「浬・・・、お前。やっぱりそういう奴だったのか!?」
「やっぱりってなんだよ?分かってたことだから、俺を見張ってたんじゃなかったのかよ。」
「いや、だって、お前・・・っ!」
「お前の彼女だったから、ちょっと興味あったけど。別れたって聞いた途端、興醒め。俺と彼女が付き合う?冗談言うなよ。俺に釣り合うわけないだろ、あんな軽そうな女。」
錦 浬という男の印象が、彼の中で変わっていく。 もうそれは信用ガタ落ちレベルどころか、裏切りに近い行為。
「大瀬、今どんな気持ち?こんな野郎に彼女取られて。ムカつくだろ?ムカつくなら殴ってこいよ。ー・・・って言っても、お前じゃ無理か。学園長の孫である俺を殴れる度胸、彼女奪われたお前なんかにあるわけないもんな〜。」
そんな俺を今さら知った大瀬は、顔に悔しさも滲ませる。 奴の性格上、ここまで煽られたら黙っていられないだろう。
「く・・・ッ!」
「ほらほら。かかってこいよ、クソ臣くん。」
だから俺は覚悟した上で、挑発に乗って目掛けてくる大瀬の拳を待った。 あんな弱々しい奴の結末なんて認めない。 それなら嫌われてまで殴られた方が、まだ数倍マシだから。 だけどー・・・。
「ー・・・!」
俺を殴るはずだった奴の拳は、確かに俺に当たった。 当たったけど、胸元にトンっと軽く触れただけ。 そこでピタッと止まってしまった。
「なんだよ、この手。これで。こんなので俺を殴ったつもりか?」
「・・・そうだな。前までのオレなら、きっと。このまま浬を殴っただろうな。」
「は?なら殴れよ。殴ればいいだろ。ちゃんと殴ってこいよ!」
「それは出来ねぇ。出来ねぇよ、今のオレには。」
そしてハッキリと俺を見て、それを言う。
「・・・今の浬は、オレにとっては仲間だから。ダチだから。ダチの浬を一方的に殴るなんて真似、今のオレには出来ねぇよ。」
「なっ!」
「浬から見たらオレは確かにバカだ。バカだけど、そこまでバカじゃない。あんまオレを見くびんなよ。」
殴らせようとしていた俺の企みが、大瀬に筒抜けだったようだ。 あんなに敵意を毎度毎度、抱いていたくせに。 バカのくせに、一丁前にそんなこと言いやがって・・・。 それが余計にムカついた俺は、
「!!」
バチンッと自分の拳を、奴の頬に打つ。
「浬・・・、これは何の真似だ?」
「これで一方的にじゃ、なくなっただろ?」
向こうが殴ってこないのなら、それならこっちから。 そう言わんばかりに。
「・・・バカだな、お前。バカじゃねぇけど、オレ並みにバカだったんだな。」
「いいから。つべこべ言ってないで、さっさとこいよ。」
「いいぜ。そんなに殴られたいなら、殴ってやるよ。その代わり手加減しねえから、あとで泣きをみたって後悔するなよ。」
そんな俺を見て、フッと笑う大瀬。 あとは俺の望み通りに。 向かってくる大瀬の拳が俺を打ち、俺も自分の拳で返して、殴り合う。 その最後は、なんか青春してるみたいな感じになって。
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