そしてあっという間に日は進んでいく。 そんなある日の朝だった。
「!」
いつものようにバスに乗っていると、後ろから自分の下半身に、妙な違和感を覚えた。 今日も車内は通勤通学で、ほぼ満員。 自分の背後に立つその誰かは、それを逆手にとっているつもりなのか。 最初は不意に触れただけだと思ってた手が、今は完全に故意で触ってきている。
(どこのバカだ。こんな朝っぱらから。)
とても気持ち悪いし、とても不快。 でもこんなことで騒ぎ立てて遅刻なんてしたくない。 その思いで平常心を続け、早く目的地に着くことを祈るしかなかった。 しかしこんな時に限って赤信号によく捕まるバス。 背後にいる奴は俺が大人しくしてることをいいことに。 それだけじゃ物足りないのか。 行為をエスカレートさせて、触れる手が股の下まで忍ばせてきた。
「・・・っ!」
その途端、
「大丈夫?キミ。具合悪い?」
(・・・え?)
「すみませーん!この人、酔ったみたいなので次で降ろさせてくださーい!」
ドンっと俺と背後にいる人の間に、強引に割って入ってきた1人の男。
「・・・もう大丈夫だからね、錦くん。」
そしてその男は今までのことを見ていたのだろうか。 そうボソッと呟き、ビーッと停止ボタンを押して次の駅でバスを停めさせられ、いつもより2駅ほど早く降ろされる。
「ふう・・・。間一髪、間一髪。偶然、同じバスに乗れててホントよかったー。」
降りてから分かったことだけど、その男は自分と同じ制服を着ていた。 でも、
「助けていただいて、ありがとうございました。・・・えっと、どちら様で?なんで俺の名まで?」
その男が誰なのか分からない。 同じ制服ということは、同じ学校の生徒。 そこまでは格好だけで、なんとなく把握。
「ウチの学校で錦くんを。学園長のお孫さんを知らない人なんて、そうはいないでしょ。むしろ学園長のお孫さんなら、ボクのこと知っててほしかったんだけどー。」
するとその男は「仕方ないなー」と続けて口にして、改めて自分の名を名乗った。
「ボクの名は、福原 蒼士(ふくはら そうし)。いちお生徒会の会長を勤めさせていただいてまーす。」
「生徒会の・・・、福原・・・、蒼士・・・。」
「どう?ボクのこと思い出せた?」
「いえ。全くもって・・・。」
「ガーン!こっちは錦くんが入学してきた頃から錦くんのこと知ってたのにー。不公平、不公平!」
彼の名は、福原 蒼士。 本人も申した通り、生徒会長をお勤めな男子生徒。 しかし生徒会に興味ない俺は、自分の記憶を探ってみても、なんとなくそんな人いたなってぐらいの認識しかなく、名乗られても顔見知り以下の他人でしかなかった。
「それより福原さん、急ぎましょ?早く行かないと遅刻してしまいます。」
むしろ今はそんなことに構ってる暇じゃない。 いつもより2駅分、学校から遠い場所で降ろされたんだ。 あんなことが原因で、遅刻だけはしたくない。 だから急かせたのだが、
「待って錦くん。」
「なんですか?」
「なんですか?は、なくない?せっかく痴漢から助けてあげたのに、礼の一つもないなんて。」
「は?」
さっきのことで何を根に持ったいるのか。 それとも人の話を聞いていなかったのか。 福原は俺の腕を掴み、急ぐ足を止めさせる。
(どんだけありがとう言われたいんだ、コイツは。もう礼なら言っただろ。)
そしてー・・・、
「だからありがとうございましたって、さっきー・・・!?」
その一瞬、何が起きたのか。 理解するのに数秒かかった。 掴まれた腕をグイッと強引に引かれ、気づいた時にはコイツと。こんな奴と俺はキスをしていたのだ。
「んんっ!」
いきなりで。 突然で。 訳が分からない展開。 奪われた唇は隙を狙われて、奴の舌をぬるっと中まで侵入を許してしまう。
「・・・っ・・・ん。」
ぶつかったきた舌から、逃げても逃げても直ぐに絡まれる俺の舌。 なんでこんな奴と、こんなキスをしてんだ。 訳が分からなくてもようやく理解が追いついて、剥がそうと身体を押しても退かない福原。 だから俺は目には目を。歯には歯を。口には口を。 いつまでも好き勝手やられてたまるかと言わんばかりに、奴の唇を思いっきり噛んで撃退してやった。
「痛っつー・・・、何も噛むことないでしょ!あぁぁ、血ィまで出てきた。これ絶対あとで口内炎出来るヤツだ。」
「知るか!」
しかし福原は、それですらあまり動じてないのか。 離れた後、口から溢れた血を指で拭いながらも、俺に噛まれたことを少し嬉しそうにしていた。
「でもこれでボクがどんな奴が。その身を持って、賢い錦くんならご理解出来たでしょ?」
(いったい、なんなんだコイツ・・・。)
そんな奴の行為により、第二印象は第一印象よりも駄々下がり。 関わらない方がいいと、本能的に危険信号が俺に灯される。
「・・・俺、急ぎますので。」
「あらららら?フラれちゃったかな、ボク。また学校でね錦くん。」
だからもう俺は奴に構うことなく、置き去りにしてまで1人先、学校に急いだ。 福原にバイバイと手を振られ、にっこり笑顔で見送られながら。
|