(それに・・・。)
次の授業は数学。 神崎先生の授業だ。 授業の間だけは、ただの先生と生徒の関係に戻れるんだ。 だから出たい。出ていたい。
「浬。あまり悪くなるようだったら、マジで保健室行っとけよ。」
それから暫くしないうちに、次の授業が始まるチャイムが鳴り響く。 するとガヤガヤ騒がしかった教室は静かになり。 及川も含め、それぞれがそれぞれの席へと戻って着席。 そしてチャイムが鳴り終えてしまう前に、この教室に姿を見せた神崎先生。
「それでは授業始めまー・・、おや?席替えなさったんですか。また皆さんの位置、覚え直さないといけませんね。」
教室を見渡す神崎先生。 そのとき彼と視線がバッチリと合い、俺は一瞬だけ体を竦ませた。
「・・・・・・。」
・・・大丈夫。 今、教卓にいるのはあの優しい神崎先生。 こんな思いをする必要なんて、今はないんだ。 けれど体はしっかりと記憶していた。 脳裏に蘇るあの時の出来事。 それをハッキリと思いだし、じんわりとした汗が手を滲ませてくる。
「すー・・・、はー・・・。」
平常心を取り戻すため、ゆっくりと深呼吸。 大丈夫。・・・大丈夫。
「では授業を始めます。今日はこの間の教科書の続きをー・・。」
そう自分に何度も何度も言い聞かせ、今は数学の授業に集中することにした。
(ん?)
神崎先生の数学授業中。 突然、真後ろからコンッと何かを当てられる。 なんだろう?と振り向くと、後ろの席にいる大瀬が手にはシャーペンを持っていて、それを俺に当てて呼んだようだ。
「浬。」
「なに?」
そして大瀬は教卓にいる神崎先生には聞こえないよう。 ヒソヒソとした小声で用件を話す。
「当てられそうになったらオレを起こせ。」
「・・・は?」
「眠いから寝る。」
「はぁ!?」
堂々とサボり宣言をするオールバック野郎。
「駄目だって。授業中に寝るなんて。」
「だって眠い。」
(だからそれが理由になると思うな!)
優等生として名が渡る以上、それは止めなくてはいけない。 けれど大瀬は既にスタンバイしており、カモフラージュとして教科書を立てて、そのまま机に俯せてしまう。 なんてフリーダムな奴だ。 流石、我が道を好きなように歩くタイプだけある。
「とにかく頼んだからな。」
「あああ・・・。」
よりにもよって神崎先生の授業で居眠りすんな! 結局、眠りだす大瀬を止められなかった俺。 どうか神崎先生がこっちに気づきませんように・・・。と祈ることしか出来ず、警戒心を高めた。
(授業終了まで、あと20分弱、か。随分と長く感じる。)
けれど、
「この式をー・・。」
(やばッ!)
教室を見渡す神崎先生と視線が合ってしまう。 俺は直ぐに逸らしたものの。 これでは明らかすぎて、後ろの奴が寝てるってバレバレ。
(・・・・・・・・・ッ。)
サボりの共犯者。 その役者に適切ではない俺。 気付かれないよう必死に誤魔化そうとする。
「・・・では、この問いを。浬くん。前に出て解いて頂きましょうか。」
「は、はい。」
けれどそれは無効化。 名指しで指名してきた神崎先生。 さっきまで普段通りに優しい顏で微笑んでいたのに、その時だけは目が笑っていなかった。 呼ばれた俺は無駄な抵抗をする間もなく、静かに起立して黒板へと向かう。
(ヒドイとばっちりだ・・・。)
問題自体は普通に解け、正解を当てられたものの。
「はい、正解。席に戻っていいですよ。ただその時は寝てる大瀬くんを、きちんと起こしてあげて下さいね。」
「・・・ハイ。」
バレバレのサボりの共犯に、やっぱり神崎先生にバレてしまったようで。 最後にはまた笑ってない笑顔でそう言われてしまう。 あぁ。こりゃぁ数学の成績、授業やテストとは関係ないところで落ちたな。 あの神崎先生に怒られ、少しへこむ。
(はぁ。)
言われた指示通り自分の席へと戻り、大瀬を起こそうとした。 その時、
「!」
「きゃっ!?」
ぐらっと視界が歪み、足元がフラついて。 そのまま近くの女子生徒の席に倒れ込んでしまう。
「大丈夫ですか?浬くん!?」
その騒ぎに教室中がざわめく。
「大丈夫・・・です。少し立ち眩んだだけですので。」
直ぐに立ち上がった俺は、みんなの騒ぎより至って冷静。 倒れてぶつかった女子生徒に謝り、再び自分の席へと向かう。 そりゃそうだよね。 立ち眩んじゃうよね。 へこんじゃうよね。 おじいちゃんの学校で孫がサボりの共犯をしたなんて話が広まったら・・・。 恥晒しもいいとこだ。本当に。
「Zzz・・・・・・。」
(呑気に寝やがって。このくそ野郎。)
こうして数学の授業が終わり、再び休憩時間に入る。 次の授業開始まで少し長めの休憩時間。 また教室はガヤガヤと騒がしくなり、先ほどと同じように及川がこっちにやってくる。
「またもや災難だったね浬くん。さっき大丈夫だった?怪我してない?させてない?」
「なんとか。」
「神崎先生って、怒るときってあんな風に怒るんだね。」
「そ、そうみたいだね。」
「でもあの人って前からあんな人だったっけ?なんかここ数日でなんかー・・・。僕の気のせいだと思うけど。」
結局、大瀬はあれからも寝たきり。 今もグーグー俯いて寝ており、一人だけ幸せを噛み締めている。
「寝てるくそおみなんて放っとけばよかったのに。浬くんが、そこまで真面目にならなくてもいいんだよ。」
(本当、今更ながらそう思うよ・・・。)
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