折れてしまった傘は、もう使い物にならなかった。 壊れた傘を拾った俺は、そのまま雨に打たれながら帰り道を歩く。
(これじゃあバスに乗れそうにない・・・な。)
『ねぇ、浬くん。キミ、本当は分かってるんだよね。』
全てを見透かされたかのように、及川に言われたあの言葉。
『そんなことしても、どうにもならないこと。本当は分かってるんだよね。』
言われた言葉を頭の中で何度も何度も。 何度でも繰り返す。
本当は、ちゃんと分かっていたから。
分かってたよ。 始めからそんなこと。 分かってたよ。 好きになったあの日から。 分かっていたんだよ。 愛しいあの人を脅しなんかで縛っても、どうにもならないことを。 そんなことしても、俺が一番欲しがっているモノは手に入れられない。 始めから手に入れられないってことぐらい、ちゃんと分かっていたんだ・・・。
「・・・ッ・・・。」
けれど、それが欲しくて。 欲しがっていた自分を止められなかった。 どうしても欲しかったんだ。 好きだと気付いた時から。 好きだと言葉を口にしたあの時から。 もうこの気持ちに、誤魔化はしかきかない。 嘘なんて付けられない。 あの人以外、愛すことが出来ない・・・と。 よりにもよって、あの人を、神崎先生を。 ただ一人の人へと選んでしまったことを。
「浬くん!?」
「!」
いつものバス停でバスにも乗らず、歩いて帰っていると、後方から聞き覚えのある声が俺を呼び止める。 振り向くとそこには一台の車が停まっていて、中から神崎先生が現れた。 そして、こんな時にまで・・・。
「何しているんですか!?こんな雨の中、傘もささないで!」
「・・・神崎、先生?」
神崎先生は、やっぱり優しい人・・・でした。 こんな時にまで雨で濡れてる俺を気遣ってくれる。 持っていた一本しかない傘を俺にさし、自分のことなんて全然構ってなくてスーツを雨で汚していく。 そんな優しい神崎先生が何よりも酷く、この心に痛みの種を植え付けられるのだ。
「こんなに濡れて、風邪でも引いたらっ。」
その味は、とてもとても苦かった。
「・・・・・・。」
苦くて。 苦しくて。 それを飲みほせる術など、俺にはないと思い知らされる。
「浬・・・くん?」
これでは欲しいモノが手に入れられなくて、駄々をこねているだけの子供・・・。 だけどそれが、
「神崎・・・せんせ・・・っ・・・。」
ただ一人を。神崎先生を愛した、俺の本当の素顔だったのかもしれない。
つづく
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