ウチの学校は男女共学の進学校。 気の利いた親切な学生寮とかはなく、とにかく普通の私立高校。 通学方法は徒歩に自転車、バスに電車に親の車、バイク(もちろん校則違反)通学と、それぞれ人によりけり。 俺、錦 浬は、いくら理事長の孫とはいえ特別な何かはなく、周りの子と同じように。バスを使い最寄駅で降り、そこから学校まで徒歩で向かっていた。 そんな中、
「錦くーんっ!」
「!」
明るく元気、お調子のいい声で話し掛けてきた一人の男子生徒。
「おはよー、おはよー。おはよー、錦くん。」
「・・・おはよ、及川くん。」
(お前か。)
それは同じクラスで俺と席が近い栗毛で碧眼少年の及川 春希だった。 及川は朝からハイのハイのハイテンション。
「あれ〜?錦くん元気ないね。錦くんも朝は弱いタイプなのかな?」
(ほっとけ。)
「そういう及川くんは朝、強そうだね。」
得意げになって話す及川に、
「勿の論!一日の計は朝にあり、郷に従うって言うしね。」
「・・・へぇ。」
(何か色々と混ざってる・・・。)
仮面の俺も、そうじゃない俺も付いていくことができなかった。 朝から鬱陶しい・・・。 けれど向かう先は避けても同じなので、学校まで及川と一緒に嫌でも登校する羽目に。
「にしても意外だなぁ。錦くんの登校風景。」
「え?」
「いや、ね。錦くんモテるからさ。女子が左に5、右に6。両手に華っていうイメージしてたからさ。」
(いつ時代の話だ、それ。)
「ご、ごめんね。期待に添うこと出来なくて。」
「ん〜、でも錦くん朝弱いって知ってるから、みんな遠慮してるだけかもしれないね。両手に華ってわけじゃないけど、一緒に歩いてるだけで女子からの視線がアチコチ感じるし。これじゃあまるで僕も錦くんと同じようにモテてるみたい!」
(朝から幸せな奴・・・。)
頼んでもないのに鬱陶しい他愛の話が続く。 『朝に弱い』という印象を持ってくれたことをいいことに、俺はほぼ聞き流しの状態で、それっぽい返事を返す。
「錦くんも、この道が通学路だったんだね。今まで気づかなかったし知らなかったからな〜。よしっ、明日から錦くん見かけたら迷わず声掛けることにするよ。」
(よしっ、明日から通学路を変えよう。)
そんな一方的に近い及川の話を聞き流していると、ふと昨夜のことを思い出した俺。
「及川くん。」
「ん?」
それを及川に尋ねたくて、一方的だった話をストップさせる。
「昨日のこと、なんだけど。」
「昨日?」
「あ、えっと・・・、メッセージの件で。」
昨日の夜のことを尋ねる。
「メッセージ?」
「うん。」
「ん〜???」
「・・・・・・。」
すると及川は惚けたように、深く深く考え込んでしまう。 その様子は『心当たりない』というよりも、『覚えてない』ようだ。
「あ、いや。やっぱり何でもない。」
「?????」
それならそれでいい。 触らぬ神に祟りなし。 むしろそうであってほしいと強く願う俺がいた。
「ん〜、昨日は大瀬とネット対戦してたしな〜。」
昨夜までの自分を思い出すと、とてつもなく『愚か』だったようだ。 及川が覚えてないのなら、俺もキレイにサッパリスッキリ忘れることにしよう。
「あっ!そういえば僕、錦くんにメッセージするって言って、それっきり何も送ってなかった!!・・・・・・ね。」
(・・・・・・。)
そうです。 この人『錦くんに毎日メッセージするね』とお得意に言っておきながら、それっきり何も音沙汰なく。 予想通りの的中で、やっぱり忘れていたのだった。
「やっだ。僕ひょっとして錦くんを待ちぼうけさせてた?」
「あ、いや。」
「うっわぁ。ごめんよ、ごめん。すっごくごめんよ。」
「たいしたことじゃないから気にしなくていいよ。」
「いやいやいや。すっごくたいしたことだよ!」
ゲームとそこには何かしら越えられない壁があったって事か。 ・・・ずっと待っててやってたのに。
「錦くんに寂しい思いさせるなんて、本当にごめんって。」
「いいよ、もう。」
「ごめんって、ごめん〜。」
「いいから、もう。」
「拗ねないでよ、錦くん。」
「別に拗ねてなんか・・・っ!!」
「え。」
(あ・・・。)
しまったー・・・。 必要以上に鬱陶しく謝ってくるから、ついムキになって素で答えてしまった俺。 及川も、それを聞いて意外だったのか。 ひょうんな表情を見せ、一時的に騒がしかったのがおとなしくなる。
「あはは。やっぱ拗ねてたじゃん。」
けれどそれは一瞬の束の間。 一時停止にすぎなくて。
「拗ねてなんてないし、寂しい思いも別にしてないから。」
『〜♪』
メッセージの着信音が俺のスマホから鳴り響く。 もちろん相手は、目の前にいる栗毛野郎。
「今送ったし、ちゃんと毎日送るし、今度から絶対に忘れないようにするからさ。ねね、許して、ねっ。」
ああ・・・。 どうやら俺は余計なことを言ってしまったようだ。 何も言わないままのが正解だったと、今更ながらな後悔してしまう。 そして送られてきたメッセージは、
『やっぱり錦くんは素敵な人だね(^▽^)』
と、顔文字付きの意味の分からない内容だった。
「いいっしょ、この顔文字。僕のお気に入りなんだ。」
「そう・・・。」
何がしたいのだろう、コイツは。 こんなバカを朝から相手しただけで、あっという間に一日分の疲れが出てきた。 あぁ。頭が痛い・・・。 そんな下らない他愛のない話をしていると、後方からキィッと自転車が止まる音が。
「ん?」
振り向くとそこには髪型がオールバックな野郎が、こっちを見ていた。
「あ、おはよー、大瀬。」
「おはよう、大瀬くん。」
「あ、あぁ・・・。」
そいつの名は大瀬 邦臣。 同じクラスメイトの男子生徒で、及川とよくつるんでいる。 相変わらず不機嫌そうな表情をしている大瀬。 珍しく及川が大瀬のことを普通に呼んだのに(いつもなら『くそおみ』)、何の反応も見せず無表情。
「大瀬くん、自転車通学だったのか。」
「あ?あぁ・・・。」
「・・・大瀬くんもこの道が通学路なんだ。」
「あぁ・・・。」
(よし。明日から本気で通学を変えよう・・・。)
何を言っても何を聞いても、返ってくるのは『あぁ・・・』オンリー。 元気のないそんな大瀬の様子が気になるものの。 いつものように(主に大瀬の彼女絡みで)無暗に突っ掛れるよりは、ずっと平和な朝なので、何も触れないままでいよう。 これぞ『触らぬ神に祟りなし』といったところか。 やっぱり世の中は平和が一番だよな、うん。
「でさでさ今朝の占い見た?なんと僕の星座は絶好調だったんだ〜。ちなみに大瀬のはブービーで、錦くんのはドベだったよ。」
「・・・そうか。」
「へぇ・・・。」
(人の星座までチェックしたのか。てか、よく俺の星座分かったな。調べたのか?コイツ。)
こうして及川が、また一人で一方的な話を始めたところで。 俺も大瀬も上がらないテンションのまま、及川の話をほとんど流しながら歩く足を学校へと向かわせた。
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