泡沫 [ 33/39 ]

ぶくり、


 苦しいのだ。
 どうすればいいのか分からぬほど、ただ、苦しい。


 呼吸の仕方が分からない。なにをどうすればいいのか、考えにも及ばない。
 訳もなく泣きたくて、きゅうきゅうと胸が締めつけられ、気持ちの不安定さに叫びだしたくなる。
 この胸を抱えてすべての音から切り離し、世界にすら触れられない水底に沈むことができたら、どれほど幸せだったのだろう。
 喉を、胸を、顔を、頭を。すべてを掻き毟りたくなる。
 なぜこんなにも苦しいのだ。理由なんてなに一つ思い当たらない。嫌なこともない。ああ、くるしい。眦から想いが滑り落ちていく。
 海の香りが全身に纏わりつく。胸が焼けそうだ。耳鳴りがして、潮騒が鼓膜の手前で霞む。もうなにも聞きたくないというのに。

 ただひたすらに己だけを抱き締めて、蹲り、泣いた。

 運命を呪った。世界を疎んだ。
 それでも、――それなのに、この国が愛おしいと思った。

 胸を握り締めた指先が、痺れて感覚を失っている。泣き叫んだ喉がからからに渇き、焼けつく痛みを訴えている。鼻も痛いし、頭が重い。けれどそれ以上に、心が痛い。
 泣いても泣いても涙は枯れることを知らず、心痛が和らぐことはない。
 思いを吐露すれば、きっと周りは呆れ果てるだろう。なんて自分勝手な、傲慢な人間だと、そう罵られるだろう。それはとてもつらいけれど、その通りだった。
 自分は、結局は自分のことしか考えていないのだ。
 なにも考えたくないのに、頭は勝手に像を生む。
 見たこともない、その笑顔を。自分以外に向けられる、温かな眼差しを。
 ぎり、と唇を噛んだ。次に顔を上げたときには、笑っていなくてはいけない。涙を拭って、顔を洗って、なにもなかったように、笑わなくてはいけない。
 声を殺せ。想いを沈めろ。今はまだ、奥底に封じるべきなのだから。

 そうしなければいけないと分かっているのに、心までは殺すことができなくて。


「……あい、た……いっ」


 また一つ、我侭だけが波に溶ける。



水の楽園

(それは偽りの楽園にも似て)
(ごめんなさい、だいすきです)


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