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 ――ほら、みろ。みんなが夢中の若くてかっこいい友永よりも、パッとしない三十歳の高月の方がよっぽどいい。
 優しく背中を撫でられて、噛みしめた唇から自然と声が漏れていた。

「ひろちゃん、すき」
「はいはい」
「すき、だいすき」
「はいはい」
「わたし、きっとたくさん困らせちゃうけど、でも、それでも、ひろちゃんを幸せにしたい」
「……はいはい」

 並んで歩くことに彼が罪悪感を抱かなくなった頃には、梨緒はもう大人になっているだろうか。大人になれば、彼を困らせることはなくなるのだろうか。
 一目惚れしたあの日から、梨緒は早起きになった。寝起きはいい方ではなくて、それまではいつもぎりぎりになってぐずりながら起きていた。けれど、七時四十二分着のあのバスに乗れば、高月の車を見ることができる。一緒に登校して、始業までの少しの時間、人目を忍びながらこっそり話すことができる。
 梨緒の小さな世界は、もう高月で埋め尽くされてしまった。
 ぐずぐずと泣いていると、頬に手が添えられて顔を上げさせられた。硬い親指の腹が濡れた目元を拭っていく。滲んだ視界に広がる、高月の困り顔。どれほど彼を困らせれば気が済むのかと、エスプレッソよりも苦い思いが胸を埋め尽くす。

「お前が言えって言ったんだろ。なんで泣いてるんだ」
「だって……、だって、うれしいんだもん。わたしばっかり、ひろちゃんのこと好きで、だから、」
「あのなぁ……」

 こつん。痛みも感じないほど優しく、額が重なった。

「いいか。俺達の関係がバレたら、間違いなく俺は学校にいられなくなるし、下手すれば社会的に死ぬ。お前だって今まで通りってわけにはいかなくなる」
「わ、わかってるもん……」

 分かってる。だから、もっとたくさん言いたい我儘をぐっと飲み込んで我慢している。なかなか会えなくたって、堂々と手を繋ぐこともできなくたって、ずっと我慢しているのだ。

「分かってない。いいか、あのな。……だからその、つまりだ。いいか。その、だからな。……それだけ人生かけてまで、こうやってお前とここにいるってことは、だ。ほら、分かるだろ」
「……ひろちゃん、言ってることめちゃくちゃだよ」

 分かってないと言ったくせに、「分かるだろ」だなんて。

「揚げ足取るな! だから、つまり、」
「うん」
「あー、その、ほら、なんだ。…………ちゃんと好きだから、そう焦るな」

 言うなり、高月は梨緒の肩に顔を隠してしまった。首に回したままの腕にきゅっと力を入れれば、応えるように抱き締められる。
 これは夢だろうか。流されたゆえの発言だとしても、今確かに、彼自身が自分の言葉で言ったのだ。

「あー、もう、オッサンがガキ相手になに言ってんだか……」
「……ひろちゃん」
「あ?」
「はやく、ひろちゃんのおうち行きたい」
「バッ、おま、なに言って……!」

 焦って引き剥がそうとする高月に、梨緒は睫毛を湿らせたまま微笑んだ。
 波の音が響く。かすかに残る火薬の匂いは、夏の花が咲いた証拠だ。

「子ども相手になにを考えたの? ――ひろひとさん」


 もう子どもじゃないんだよ、なんて台詞は、まだ言わないでおいてあげるね。


(2015.0730)


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