吐露 [ 29/39 ]


 ただの一度でいいから、この声が、この喉が、枯れ果て、血を吐き、
 そしてすべてを失うまで、貴女へ思いを叫んでみたいと思うのです。

 嘘吐きなひと。
 そんな言葉を寄越しておきながら、あのひとは遠くへいってしまった。
 帽子を振り、国をその手に抱き、命を奪うモノを腰に提げ、命を懸けて行ってしまった。

 必ず帰ってきます。

 そう言ったのは貴方ではありませんか。
 幾度となく戦地から届くお手紙に私がどれほど安堵していたのか、貴方はお分かりでしたでしょうか。
 くたびれたお手紙がさらに擦り切れてしまうほど、何度も、何度も読み返していたこと、貴方はご想像なさったでしょうか。

 月が綺麗ですね。――せめてそう言って下さったなら。
 それすら口にすることができぬ貴方は、最後までなにも言って下さりませんでした。

 くたびれた紙切れに、ひどく汚れた写真が一枚、あちこち破けて包まれておりました。
 なにやら大きな染みのついた小物入れが、戻って参りました。
 どうしてこれが貴方だと信じることができましょう。
 どうして、貴方はここにおらぬのでしょう。

 抱き締めてくれる身体がありません。
 見つめてくれる瞳がありません。
 名を呼んでくれるお声がありません。
 それどころか、骨も、髪も、貴方のひとかけらも、ないのです。


 ただの一度でいいから、その声が、その喉が、枯れ果て、血を吐き、
 そしてすべてを失うまで、私への思いを叫んでほしかった。


 ――これはそう願ってしまった、私への罰だというのでしょうか。
 貴方は私の知らぬところで、最期に、そのお声で、血を吐くまで思いを叫んで下さったのでしょうか。
 そして、すべてを失われてしまったのでしょうか。

 業深き私に下された罰だと、そう言うのでしょうか。
 ならば願わなければよかった。
 なにも乞わなければよかった。

 ただ、貴方と共にあれるだけで、それだけでよかった。
 声が枯れるまで、血を吐くまでの思いなどいらなかった。
 貴方のお気持ちは、いつもいつも、確かに感じておりましたのに。

 不器用なその指先が、恐る恐る私の肌に触れるたび、
 その眼差しが、夕餉をこさえる私の背に刺さるたび、
 貴方とあれるすべての時の中で、貴方の思いを感じることができましたのに。

 くたびれた紙に踊る字と、言葉と、そして、確かにそこにあったという血の跡だけが、私に残された貴方だというのですか。
 貴方が吐いたであろう、その血を胸に、生きろと仰るのですか。

 この世はなんと、無常なことでしょうか。



 ただの一度で構いません。

 ただの一度でいいのです。

 どうか、今一度、聞いてみたいのです。



 ――ただいま戻りました。



 どうか、どうか、今一度。
 あの方のお戻りを告げるお声を、今一度。
 どうか、どうか。 


「――おかえりなさいませ」


 なにゆえ、お返事下さらないのですか。



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