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こんな不作法を働かれたのは初めてだ。わたわたと身を捩って逃れようとしてみるも、現役戦闘員のホールドから逃れることは難しい。悔し紛れに青い瞳を睨みつけると、ソウヤは苦笑交じりにマミヤの頬を解放した。
じんじんと熱を持って痛む頬を撫でさすっていると、石鹸の匂いがふわりと濃く香る。
「まだ動くんじゃねぇぞ。今、王家が動いてみろ。お前が関わってんのは丸分かりだ。首飛ぶぞ」
耳元に小声で囁かれたそれは、短いながらも多くの言葉を含んでいる。
ソウヤもなにか異常を感じ取っているのだろう。それもそのはずだ。ヒュウガ隊、否、今の空軍に起こっている出来事は通常では考えられない。裏になにかが潜み、暗闇の中で目を光らせて牙を研いでいる。食らいつかれるのは誰か。ぞっとしない想像は、容易く未来を引き裂いていく。
他プレートに白の植物が渡り、影響を及ぼすことはさほど珍しい事態ではない。感染が拡大することもままあることだ。だが、あんな不祥事が起きたにもかかわらずそれを隠蔽し、なおかつフォローもさせないとはどういうことだ。
マミヤは王族の証とも呼ばれる深緑の髪を指に巻きつけ、鼻先で笑った。
「分かってます、分かってますよぉ。でも、動かせるものは動かさないと損じゃないですか」
「それにはまだ早いっつってんだよ、馬鹿」
王族である以上、できることはあるはずだ。いくらこの血を疎んだところで、生まれを変えることなどできない。利用できるものは利用する。そうしなければ割に合わない。
唇を尖らせるマミヤに構わず、ソウヤは襟を寛げて天井を仰いだ。その喉仏が妙に扇情的で、気がつけば魅入っていた。
――ああ、あと十年したら好みかも。
目尻に年相応の皺が刻まれ、瞳にはさらに鋭さが出て。意地悪く笑う口元はきっと変わらないだろう。より深みを増した彼の魅力は、きっと自分の気に入りのものに違いない。
場にそぐわない思いを抱きながらも何事もなかったかのような顔をして、マミヤは優雅な仕草で端末を彼に突きつけた。動かない彼を促すようにさらに端末を突きつける。胡乱げに一度マミヤを見たソウヤが、首を傾げながら端末を受け取った。
そこからが見ものだった。先ほどマミヤの顔を無理やり歪めて間抜け面と評したソウヤの顔が、見る見るうちに崩れていく。画面を確認した彼は、呆気にとられたように口をぽかんと開けたまま、子どものようにぱちくりと目をしばたたかせていた。
「おま、これ……」
「えへへ、パパの個人端末番号でぇす。ソウヤ一尉には特別、ね?」
「……お前、こんなもん握らせて俺をどうする気だ。え? 正直に言ってみろ。今なら腕立て二百で許してやる」
「マミヤには二百回も無理ですよぉ! それに、どうする気もありませんもん。ただ、なぁんか気になっちゃって。わたしには分からなくっても、頭のいいソウヤ一尉ならなにか分かるかなぁって。そしたらぁ、これが役に立つかなーって」
「そりゃ買いかぶりすぎだ。俺の頭は、飛ぶこと以外にゃ役に立たねぇよ」
大きな手。硬い手のひら。
知っている。その目が、空を、緑を、愛おしそうに見つめていることを。
この人はなぜ飛ぶことを選んだのだろう。なぜ、守ることを選んだのだろう。
多くの人とは違い、自ら危険の中に足を踏み入れることを決意した、そのきっかけはなんだったのだろう。
ほんの一秒先の命も保証されない空の中を、彼は行く。