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「じゅーぶんじゃないですかぁ」
「あん?」
「テールベルト空軍特殊飛行部、白木駆逐隊。――“飛ぶ”ことのスペシャリスト。ねっ?」
空を渡り、白を駆逐し、緑を取り戻す。
それが正義であるはずだ。それがすべての望みであるはずだ。
だのになぜ、それを阻むような事態が起きているのだろう。マミヤにはそれが納得できない。ナガトもアカギも、マミヤと直接関係があったわけではないし、無論、親しい仲でもない。深い思い入れなどない。
けれど、過去を知る王族の一人として、今回のことには違和感を拭いきれない。
緑は守られるべきだ。
なのになぜ、翼を狩る。
「――お姫さんの正義の味方ごっこで済む問題じゃねぇぞ」
「分かってますよぉ。でも、ソウヤ一尉。わたしね、思うんです」
動くたびに流れるのは、緑の黒髪だ。黒髪だとどれほど主張しても納得してはもらえない、深緑の髪。
鏡に映るこの瞳は、深く、濃い緑。
これが、王族の証。
「“わたし達”の血を糧に咲いた緑を踏み躙るような真似は、絶対に許さない。あのプレートの緑は、そうじゃないとしても。なぜ、上は三尉達を助けに行かないんですか。軍律違反だというのなら、“回収”し、裁くべきです。なぜ、それをしないんですか。守り手を見捨てるような体制ができたのなら、またあの悲劇が起きる。……マミヤ、そんなの困っちゃう〜」
「オイ、かわいこぶってんじゃねぇぞ」
引きつった顔でまっすぐに見られて、マミヤはますます唇を尖らせた。
「ひっどぉい。でもね、本心なんですよ? わたしにはよく分からないけど、でも、なにかが“おかしい”。だから、ソウヤ一尉にも協力してほしいんです」
「それで除隊になったらどうしてくれる」
「そのときはぁ、責任取ってマミヤのお婿さんにして差し上げますよぉ。美男美女で周囲からは祝福の嵐! 生まれた息子は未来の王様、なぁんて!」
「……ねーよ」
「あ、ちょっとぉ。本気で嫌がらないでくださいよ。マミヤ傷つくぅ」
軽口を叩きつつ、マミヤは自分の髪を一本引き抜いてソウヤに渡した。絹のようだと喩えられる長いそれを受け取って、「ただのゴミだろ」とソウヤは鼻で笑う。すぐさま一蹴されたことが嬉しかった。
ああそうだ。抜けた髪はただのゴミでしかない。中には欲しがるキワモノもいるが、そんな者の方が稀だ。マミヤだって、ブラシに残った髪はそのままゴミ箱に捨てる。たかだか髪に、深い意味があるはずもない。
だが、ソウヤの手に渡ったのは王族の髪だ。
「緑の記憶。数々の罪。わたしはそんなものこりごりですけれどぉ、でもね、その一本に、たぁっくさん詰まってるんですよ。……わたし達王族は、ずぅっと鳥籠に閉じ込められてきたんです。まるで、幸せの青い鳥みたいにありがたがられて」
古の遺伝子操作が生んだ、美しい緑の王族。
その傲慢さが、かつて悲劇を生んだ。
この鳥を逃がすまい、いつでも望むときに歌ってもらわねばと、鳥籠に閉じ込められた。
ソウヤがぴくりと眉を動かしたのが分かった。どの言葉が彼の琴線に触れたのか分からない。それでも、畳み掛けるなら今しかなかった。階級はマミヤが遥かに下だ。命令どころか、お願いすることすらおこがましい。
だが、マミヤはその血に“緑”を宿している。
空を映した瞳に、迷いの欠片が浮かんでいた。なんて綺麗な瞳だろう。地上から見上げただけでは見ることのできない、雲の上の空の青。
精一杯の甘さと威厳を声に孕ませ、ゆっくりと微笑む。
迷いの欠片に、光あれ。
「ソウヤ一尉。――わたしのために、飛んで?」
ひいてはこの、テールベルトの未来のために。
【10話*end】
【2015.0516.加筆修正】