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「話してくれるんはありがたいけど、少しくらいあたしらを慰めたろうって気にはならへんの?」
「いくらでもお慰めして差し上げたいのだけれど、そんな気休めよりも、現実的な対処法をお教えした方がアナタ方のためではなくて?」
「対処法、あんの!? さっきないって……」
「同調した以上、白色化植物や感染者から逃れるすべはない。でも、寄生を防ぐ対処法ならある」
ハインケルは穂香達の後ろに控える軍人二人に目を向けて、「お、おねがいします……」と蚊の鳴くような声で言った。まるで人が違う。一人の身体に二人いるような感覚を覚えたが、今の穂香にそれを気にするだけの余裕はなかった。小さな博士の頭上で、くるぅと鳩が鳴く。
アカギが部屋の隅からスーツケースを取り出したかと思うと、その中には小型の拳銃のようなものがいくつか並べられていた。そんなに大きなものではなく、どれも文庫本サイズだ。ナガトがその中から一つ取り出して――穂香は拳銃の数え方など知らない――、穂香と奏の横に一つずつ置いた。
ごとり。机の上に置かれたそれに、目を瞠る。
「薬銃(やくじゅう)よ。感染者に遭遇したら、迷わず撃ち込みなさい。大丈夫、非感染者にはなんの影響もないものだから」
「いや、でも、あたしら鉄砲なんて扱ったことないし!」
「そのへんは大丈夫。俺らが教えるし。言ったでしょ? 護身術くらいは身につけてもらうって」
「……それでこの鉄砲か」
苦笑交じりに奏は薬銃を手に取って、まじまじとその造りを眺め始めた。恐る恐る、穂香もそれを見つめる。
見た目は、文庫本サイズの真っ白な拳銃だ。木目や節がはっきりと残っているのに、鉄のような冷たさを感じる。触っていないから、実際にそれがどんな手触りなのか分からない。指をかける引き金の部分は綺麗な曲線ではなく、蔦がそのまま固まったようなデザインになっている。実際、銃身には蔦が絡みついたようになっていて、それは淡い緑色をしていた。
木製の銃。見た目だけなら、オシャレな雑貨でも通用しそうだ。目的を知らされなければ、穂香とて手にしたいと思ったはずだろう。
いろんな角度から薬銃を観察している奏とは違い、穂香には触れることすら恐ろしい。
だってこれは、あの恐ろしい化け物と戦うための銃なのだ。これを持つということは、あの危険が迫ってくるということだ。触れてしまえば、すべてを認めることになってしまう。未知の恐怖に晒されるのだということを、甘んじて受け入れたくはなかった。
けれど、奏はそれを受け入れた。言わなくても分かる。彼女の目は、まじまじと薬銃を見据え、ナガトとアカギに構え方を問うている。
どうして。瞳の奥が熱くなり、穂香は慌てて顔を伏せた。その動作に気づき、すぐさま奏が手を握ってくる。
「ほの? ――だーいじょうぶやって、な? 心配せんでも、ほのはちゃんとあたしが守ったるから。な?」
「男前な台詞はありがたいんだけど、俺らのこと忘れないでね」
「肝心なときに頼りになるか分からん男に、大事な妹は任せられませーん」
「うわ、ひっどいなあ」
楽しそうな奏とナガトの笑声が、どこか遠くで聞こえるようだった。
俯いたままの穂香の手をぎゅっと握って、奏はミーティアに向き直った。
「なあ、結局、核を倒せばあたしらが狙われることってなくなるん?」
「ゼロとは言い切らないけれど、でも、そうね。残った感染者がアナタ方だけを狙うことはなくなるでしょう。核が消滅すれば、それを基とした子もやがて消えていく。少なくとも、これ以上の白色化が進むことはなくなるわ」
「ふぅん……。で、今はあたしらが重点的に狙われてる、と」
「そういうことね。まだ可能性の段階だけれど、ほぼ確実と言って間違いはないでしょう」
「じゃあさ」
奏の手がするりとほどけた。
彼女は一体、なにを言うのだろう。その聡明な頭でなにを考えたのだろう。一種の恐怖にも似た感情が、穂香の中を駆けていく。見上げた先にある瞳は、迷いなく輝いていた。