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「――あたしが囮になる」
「えっ!? お、お姉ちゃん、なに言って、」
「あたしが囮になって、そのコアを引き寄せる。そしたらあんたらがやっつけてくれるんやろ?」
「ね、ねえ、ちょっと待って、お姉ちゃん、そんなの」
「心配いらんって。な?」

 頭を掻き回してくる優しい手が、一瞬のためらいもなく薬銃を手に取った。
 ミーティアとハインケルが視線を交わらせ、二人同時にいいアイデアだと言った。おかしい。どう考えても間違っている。すべての原因となった核を探すことも、それによって引き起こされた感染者をどうにかすることも、すべて彼らの仕事のはずだ。自分達は被害者で、守られるべき存在なのだ。それなのにどうして、奏が囮になる必要があるのだろう。
 下手をすれば死んでしまう。感染し、寄生され、化け物になってしまう。
 なのになぜ、そんなことを簡単に言うのか。

「囮って簡単に言うけど、お前なァ」
「あんたの隣のおにーさんは、あたしらを囮にするつもりやったって教えてくれたけどぉ〜?」
「なっ、オイ、ナガト!」
「だって事実だったろ。つか奏、そりゃそうだけど、今と前とじゃ事情が違うって言ったじゃない。俺ばっか悪者にしないでよ」
「そんならしーっかり守ってくださーい」
「まったく。……きみ、誰に向かって口きいてんの?」

 穂香の眼前を、緑のような、黄土色のような、“いかにも”な色が覆い尽くした。それが彼らの作業服――軍服の背中だと気がついたのは、テーブルの上につかれた片腕を見たときだ。
 ナガトは穂香と奏の間に割り込むようにして、身体を斜めにしてテーブルに手をついた。あの甘い顔立ちが、ぐっと奏に近づけられたのだろう。落ちてきた声は一回り低く、身体の芯を揺さぶるような響きを持っていた。
 ――誰に向かって口きいてんの。
 そこに込められた、絶対の自信。どくりと心臓が跳ねる。けれどそれは、穂香に向けられたものではない。射抜くような声は、決して穂香には向けられることはない。

「あんたらがどこの誰なんか、未だによぉ分からんっての! エラソーにすんな!」
「いったぁ! すぐに暴力に走るのどうかと思うんだけど!」
「うっさい! それよりいつまでほのにケツ向けとんねん、はよどいて!」
「え? え、ああ、ごめんねほのちゃん」

 いいえ。そう呟くだけで精一杯だった。
 額に拳骨を落とされたらしいナガトは、痛い痛いと言いながら壁際に戻っていった。軍人の男が、女の、それも本気でもない一撃が痛いはずもないだろうに。

「それでは、お嬢ちゃん。――いいえ、改めましょう。奏、アナタにそれだけの覚悟がおありなら、アタシ達も全力でご協力させていただくわ。銃の扱い方を学んだら、アタシの部屋に来てちょうだい」
「ほのは?」
「そちらのお嬢ちゃんは結構よ。軍人さん達とイイコでお留守番しておいてくださる?」

 浮かべられた微笑は美しく、意識を絡め取る魔法のようにも感じられた。だが、言葉の意味はひどく重い。
 ――守られるだけの役立たずは必要ないのよ。
 まるで、そう言われているような気がした。

「大丈夫やで、ほの。ほのはあたしが守ったる! やから、なーんも心配せんでええんよ」

 いつだってそうだった。奏はどんなときでも穂香の前に立って、わざわざ後ろを振り返って手を差し伸べてくれた。震える穂香の手を取って、花の咲くような笑顔で「大丈夫やで」と言うのだ。


 けれど、ねえ、知っていますか。
 その言葉がどれほど優しく、どれほどあたたかく、――どれほど、重いか。
 あなたは、知らないでしょう。


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