4 [ 16/225 ]

 ある程度自由の利く身だからこそ、様々な情報を得ることができた。さすがに防衛省に問い合わせる勇気はなかったため、一番近くの自衛隊の駐屯地に電話してみたが、奏の言うことには心当たりがないと返された。どこをあたっても結果は同じだった。そもそも自衛隊なんてよく分からない。陸だろうが海だろうが空だろうが、まったくおかまいなしだったのが問題だったのかもしれないが。
 しかしここまできたら、たとえ“白の植物”を駆逐する機関が公的なものであったとしても、それは機密なものと見て間違いがない。一般人が問い合わせたところで、真実など返ってくるはずもないのだろう。
 インターネットで検索してみたところで、到底関係のないホームページばかりがヒットする。
 白の植物、それを狩る特殊飛行部。かつての大災厄に、テールベルトという国。テールベルトという単語を検索したところで、洒落た店の名前や色の名前辞典ばかりで役に立たない。

「あー、もう。分からんー!」

 鳴り響く電話のコール音が、お手上げ状態になった奏を急かす。――居留守使ったろか。一瞬浮かんだ考えも、延々と鳴り続けるそれに根負けしてしまった。
 こんなことなら、留守番電話設定にしておけばよかった。自堕落な後悔を胸の奥に潜ませつつ渋々耳に押し当てた受話器からは、少し早口な、聞き覚えのない男性の声が聞こえた。

「え? ああ、はい、赤坂です。父ですか? 仕事でおりませんけど……。え? ちょっ、待ってください、それどういう……!?」


* * *



 ずぶずぶと、泥濘に沈むような錯覚を覚える日々だった。
 どうしてお前がいるのかと、どうしてお前でなければならないのかと、あちこちで誰かが自分を詰っている。その汚泥のような声を聞きたくなくて、ハインケルは必死に耳を塞いでいた。
 もうなにも聞きたくない。研究室に籠もり、傍らに相棒を置き、ひたすらデータと向き合っていたい。書き上がった論文の発表は、別の誰かに任せきりだった。人前に出るのは苦手だ。功績を取られようとも別に構わなかった。あの場にいれば、そこにある視線のすべてがハインケルを蔑んでいるように見えて仕方なく、そんな思いをするくらいなら手柄などいくらでもくれてやるつもりでいる。
 資料が山積みになった研究室で実験データを確認していたハインケルは、突如として震えだした携帯端末の音に文字通り飛び上がった。椅子から僅かに尻が浮くほどの驚きに、自分でもなにをしているのかと呆れが込み上げてくる。
 メールではない。鳴り響くコール音に泣きそうになりながらも、それを無視し続けた。出たところで、絶対にろくなことはない。しばらくすると携帯端末は静かになったけれど、そのきっかり五分後に、今度は研究室の扉がノックされた。

「ハインケル博士、お話があります。開けてください」

 嫌です。そう言ってしまえたら、どれほどよかったのだろう。できるだけ人とはかかわりたくない。目の淵を湿らせ、震える手足でハインケルはドアノブに手をかけた。鍵を開けた瞬間、向こう側から勢いよく引き開けられて身体が前のめりに倒れ込む。
 転ばずに済んだのは、屈強な身体がハインケルを受け止めたからだ。厚い胸板にしたたかに顔面を打ち付け、ひりひりとした痛みが鼻の頭を熱している。

「博士、出頭してください」
「――しゅっとう?」

 開口一番そんなことを言われて、優秀な頭は一瞬思考を放棄した。
 自分を支える男の階級章から、彼は一佐だと知る。そんな幹部クラスの人間が、一体自分になんの用だろう。それに、彼は今、出頭と言った。そんな御大層な名目で呼び出されたことは今までなかった。両親がそれで出向くのは何度も見ていたけれど、ハインケル自身には一度も経験がない。
 “箱”を与えられ、“玩具”を与えられ、あとは好きにしろと言われて、ハインケルはここに飼われている。なにをしてもいいけれど、下手に外を出歩くなとの厳命つきだった。
 それを不自由に思ったことはなかった。どれほど汚染されているか分からない外界を歩くくらいなら、浄化装置によって清浄に保たれた室内に籠もりきりの方がずっと安心だ。
 不安に震えるハインケルの腕を掴み、男はもう一度同じ言葉を繰り返す。

「ハインケル博士。出頭してください。ヴェルデ基地司令のご命令です」
「え……? ま、待ってください、なんで、」
「あなたに、空渡命令が出ました」

 ――くうと。
 あまりの出来事に眩暈がした。単語の意味は知っている。ハインケルにとっても縁深いものではあるが、本来ならば一生無関係のはずだった。
 どうして自分が他プレートに渡る必要がある。そもそも、なんの訓練も積んでいない人間が簡単に空渡できるはずがない。現在のヴァル・シュラクト艦(空渡艦)は確かに安全面が向上し、多少の講習を受ければ“乗っているだけ”で空渡可能なものもある。
 とはいえ、プレートを渡ることは簡単ではない。訳が分からず沈黙するハインケルに、男はうんざりした様子で言った。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -