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自国を置いて他プレートに派遣されるのは、選りすぐりの優秀な軍人達だ。すぐそこに白の植物の脅威が迫っているというのに、国を捨ててどこか遠い世界へ行ってしまうのは、あまりにも非情ではないかという声が上がった。どうして祖国を捨てるのかと、己の正義を疑わない民意が爆発する。
一歩間違えれば侵略だ、空軍は愚かだ。
そんな非難の声が絶えない中、彼らはそれでも空を渡る。同じ軍人でも、緑地警備隊を置く陸軍とは好感度の差が激しいことは言うまでもない。
緑地警備隊はその名の通り、地上の緑を守ることに長けた部隊だ。今ある緑を守り、そして広げていく。彼らは優しく、未来に繋ぐ者達だと認識されていた。
「わっかんないわよねー。どーせなら、この軍事力でさっさと他プレートを侵略しちゃえばいいのに。だってさぁ、そう思わない? あのプレートってそんなに住み心地よくないじゃない。三国の周りは焦土地帯ばっかだし、海なんてなっかなか拝めないし。あそこって、ぶっちゃけ生きてんのか死んでんのか分かんないプレートでしょ?」
「え、ええ……」
近くで作業していた研究員に投げかければ、彼はあからさまに困ったように目を逸らして曖昧に頷いた。見慣れた態度だとはいえ、隠し切れていない恐怖と侮蔑の念に不快感が増していく。
鼻に届く動物独特の臭いと、色濃くなり始めた血の臭いも気に食わない。何度嗅いでも好きにはなれない臭いだ。
マスクの下でふんと鼻を鳴らし、ドルニエは裂いた肉の切れ目から躊躇いなく指先を捻じ込んだ。薄い手袋越しにぬめる肉の感触が伝わる。にちゃ、と響く水音が気持ち悪い。
「愚民共がぎゃーぎゃー騒ぐのも、まぁ多少は分かるわよね。だって、このあたしでさえ理解できないもの。発生源となったプレートの責任だとか綺麗ごと言ってるけど、それがどうしたっていうわけ? 空渡技術は他プレートには見られないんだし、追ってくる心配もない。だったら、別に放っておいてもいいと思わない? どっから漏れたかなんて分かりっこないわよ。今回みたいに奪うってんなら、空渡も悪くないけど?」
びくびくと脈打つ感覚を指の腹で味わいながら、ドルニエは探るように指を進めた。
「ちょっと、聞いてる?」
「は、はいっ!」
「だったらもうちょっと反応しなさいよ。一人で喋っててバカみたいじゃない。……ま、いいけど。どーせあんた達には関係のない話だしー」
空軍の力を伸ばしたのがテールベルトなら、陸軍の力を伸ばしたのがビリジアンだ。この両国は互いに友好条約を結び、連携して白の植物の駆逐活動を行っている。
空から攻めるテールベルトに、陸を守るビリジアン。世間にはそう認識されている。ビリジアンにだって空軍は存在するし、空渡任務を行う部隊も当然配備されている。実際の現場で行っていることは変わらないというのに、テールベルトの国民には“英雄の国”であるビリジアンの方が人気が高い。
「バッカみたい」と吐き捨てるように言い、ドルニエはマスクの下で嘲笑した。
頭の悪い人間は嫌いだ。目の前にぶら下げられた餌ばかりを見て、その奥にあるものを見ようとはしない。与えられた答えに満足し、自分の頭でろくに考えようともしない。そんな愚かな人間が、ドルニエは反吐が出るほど嫌いだった。
「てかさぁ、そもそも、緑にこだわる必要ってあるわけ? 今じゃ普通に“色つき”作れるってのに、なぁーんでそうまでして執着するのか理解できなーい。だってそうでしょ? ないなら作ればいいんだし、作れないなら奪えばいいのよ。確かに、データの意味では天然物の方がイイに決まってるけど」
「ドルニエ博士、あの、心拍が……」
「――あ、あった!」
中を探っていた指先が固いものを捉え、喜色満面でピンセットを捻じ込む。血にまみれた鳩の体内から抜き取ったのは、指の先ほどの小さなデータチップだった。
カラン。トレイの中に落とせば、そんな音が鳴る。
「あー終わった終わった、やっぱりここに入れてたのね。面倒なことさせてくれちゃって、やんなるわ」
血に汚れた手袋を脱ぎ捨て、ドルニエはチップの乗ったトレイだけを手にその場を立ち去ろうとした。その背を慌てて声が追う。
「ドルニエ博士! この鳩は、」
「ああ、捨てといて。気になるなら縫ってやれば? もう用はないし、あんたの好きにしていいわよ。なんなら焼き鳥にして食べてみる? これさえなけりゃ、死んだって構いやしないもの」
ただの鳩に用はない。ハインケルが連れていた鳩――彼はスツーカと呼んでいた――には、必ずなにかあるだろうと踏んでいた。
麻酔で眠らせ、腹を裂いてみればこの通りだ。