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碧落の欠片が降り来たる *19



 プレートナンバー0000、プレート名「ルトロヴァイユ」。
 かつての大災厄を生き残った三国が柱となって勢力を誇るそのプレートは、「緑のはじまりと再会」を意味する名がつけられた。しかし、このプレート名が表立って使われることはそう多くない。
 世界が割れ、砕け散ったと記録されるかつての大災厄。
 数多の国が失われ、自然が、人々が、どことも知れぬ次元の狭間に消えた。運よく生き残ったこのプレートは、大きな世界の一片(ひとひら)だ。
 ゆえに、誰もが呼んだ。
 自分達のプレートを、「亡国の欠片」と。



「ねえ、にいさん。どうして鳥は飛べるの?」

 一人でも寂しくないようにと、祖母が小さな青い鳥を買い与えてくれた。鳥籠の中でピィピィと可愛らしい声で鳴く小鳥を見ながら首を傾げたドルニエに、両親同様留守にしがちな兄は、読んでいた論文から目を離して笑ってみせた。

「もう知っているくせに、どうしてそんなことを聞くの?」
「ふつーの子どもはこういう疑問を逐一聞いて、それで成長するんだって聞いたから」
「なるほど。それじゃあこういうとき、ぼくくらいの普通の子どもなら、妹になんて言って答えるのかな」
「さあ、知らない。自分で考えてよ。ふつーに、ふつーらしく」

 困ったように笑う兄は、それこそ教会に飾られている天使の絵にそっくりだ。癖の強い金髪は太陽を押し固めたようにキラキラと輝いていて、大きな青い目は宝石よりもずっと綺麗に見えた。ドルニエも同じ色の髪と目をしているが、天使のようだと言われることが多いのは決まって兄の方だった。
 ふっくらと柔らかな頬に、少し垂れた大きな目。ふわふわの髪、透き通った肌。宗教画から抜け出してきた天使のようでありながら、その小さな頭の中には神をも恐れぬ知恵が詰まっている。
 三歳児にしては異様に流暢な口をきくドルニエに、兄はしばらく迷うように天井を見上げ、やがて優しく笑って言った。

「翼があるからだよ。ぼくらにはない翼があるから、鳥は飛べるんだ」

 その答えに一瞬面食らい、ドルニエはぷっと噴き出して、小さな手で綻ぶ口元を覆った。
 世間一般の普通の子どもがどういうやりとりをしているのかはさっぱり分からないが、兄の回答は自分達にとって“普通”からはかけ離れたものだ。こんな馬鹿げた会話は、生まれてこの方したことがない。けれど、悪戯っぽく笑う兄の顔を見るのは嫌いではなかった。
 籠の中で歌い始めた小鳥に指を差し出して、柔らかな羽毛を確かめた。擦り寄ってくる小鳥の熱が、じんわりと指先に広がっていく。

「じゃあ、翼がなくなったらどうなっちゃうの?」
「もちろん飛べなくなっちゃうよ」
「ほんとに?」
「――ドルニエ?」

 他愛のない普通ごっこを楽しんでいたのだろう兄の顔が訝るものへと変わり、ドルニエは新しい玩具を前にしたときのような高揚感を覚えた。天才児と謳われるあの兄が、「訳が分からない」と頭に疑問符を浮かべている。
 その表情に歓喜した。自分にはこの先の展開が分かっているというのに、兄にはまだ分からない。この上ない愉悦が小さな胸を満たし、途端にむくむくと好奇心が雲のように湧き上がってきた。
 予想外のことをしてみたい。そうすれば、この顔は一体どんな風に歪むのだろう。

「ねえ、にいさん。本当かどうか、試してみようよ」

 鳥籠の扉を開け、歌う小鳥を指に乗せる。
 次の瞬間、疑念に染まった表情が驚愕と絶望に彩られた。


* * *



 欠片プレートにおいて三柱の一つとなっている国が、テールベルトだ。
 かの国の頂点に緑王(りょくおう)を構えているが、事実上の実権は内閣政府が握っている。
 かつての大災厄によって、テールベルトも他と同様に一度すべてを失った。長い時間をかけて復興の道を歩み、ゼロに戻った科学力を取り戻したこの国は、空軍の編成に力を注いできた。白の植物による脅威を、空から排除しようと試みたのだ。
 人々が世界を再建していく中、白の植物も進化の手を緩めなかった。このプレートだけではなく、時空の歪から他プレートにまで及んで被害を拡大させていく。もう二度と同じ過ちを引き起こしてはならない。残った三国はそう唱え、テールベルトがいち早く他プレートへと渡る手段を生みだした。
 それが特殊飛行部だ。
 他プレートでの任務をこなすテールベルト空軍特殊飛行部の実力は三国一と言われており、その道では他国と比較して頭一つ分飛び抜けている。
 とはいえ、国民からの風当たりは強く厳しいのが現実だった。


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