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* * *



「奏、口んとこソースついてる。――逆だよ、右のとこ」
「えー? 取れた?」
「ううん、もうちょい下。ちょっとじっとして。――はい、取れた」
「おー、ありがとー」
「いえいえ、どういたしまして」

 並んでハンバーガーを食べながら、そんなことを話した。大きな口を開けたところをまじまじと見ていたら、少し恥ずかしそうに眉を寄せて「あんま見んといて」と言われたのだ。
 あのときはなにをするために出かけていたのだろう。
 つい最近のことだったはずなのに、あの日感じた穏やかな空気が思い出せない。

『あんたはあたしが助けんの! 四の五言わんとそこで待っとけッ!!』

 叩きつけるように言われた台詞は、誰が聞いても勇ましく、強さに溢れたものだった。
 どこのヒーローの台詞だ。お前は一体どんな力を秘めているんだ。そんな文句を言ってやりたいのに、言うべき相手が目の前にいない。擦り合わせた奥歯がぎりりと鳴る。苛立ちに任せて殴った壁は、ナガトの拳に痛みだけを植えつけた。
 冷静になろうとすればするほど、焦りと苛立ちが沸き立ってくる。熱くなるな、心を殺せ。――感情だけで動いた有り様がこの現状だ。だからこそ落ち着かなければならないのに、マグマのように湧き上がる感情はこれっぽっちも鎮まらない。
 スズヤの嘲笑が耳の奥でよみがえる。こんな様子を見られたら、スズヤだけでなく多くの人間が嗤うことだろう。

「ああもうっ、クソ! なにが守るだよ、あのバカ! 大体、民間人のくせにおかしすぎるだろ! ただの女の子になにができる! もしもなにかあったら……!」

 ――どれほど心配すると思ってるんだ。
 ――誰が責任取ると思ってるんだ。

 真っ先に浮かんだのは前者で、そこでも自分が冷静になりきれていないことを自覚する。嫌というほど聞かされてきた台詞は後者だったのにもかかわらず、結局これだ。
 他プレートの民間人になど、深く関わるんじゃなかった。最初はそのつもりでいたのに、いつから境界線を割った。踏み越えるべきではなかったのに。
 そんなどうしようもない後悔が、ヘドロのように胸に溜まっていく。通常なら、他プレートの人間とここまで接触することはありえない。白の植物とその関連事項だけを処理して帰るのが、特殊飛行部の任務だからだ。
 関わりたくなんてなかった。
 せめて、もっと別の子でいてくれたら。助けてほしいと嘆くばかりの、穂香のような子だったなら。あの子がそうだったら、義務だけを果たすことに専念できただろうに。

「落ち着けよ、ナガト。あの女は確かに無茶するが、自分の力は把握してんだろ。本気で無理だと思えば室長に連絡す、」
「分かってる! 分かってんだよ、そんなこと! 分かってるけど、あんな状態でっ――」

 言いかけて、はたと気づいた。
 さっきのコールで、自分はなぜこうも動揺したのか。奏が悲鳴を上げたからだ。感染者に遭遇し、襲われ、恐怖して。
 先日、奏と一緒に行った京都ではどうだったろう。赤く染まった千本鳥居に囲まれ、日の暮れかけたあの山の中で、彼女は小さな薬銃を構えて引き金を引いた。見事に感染者を撃ち抜いたその腕前は、ただの民間人とは思えないほどだったけれど。
 座り込んだ彼女はナガトの服の裾を掴み、迷子の子どものような瞳で見上げてきたのではなかったか。小さなあの頭を、自分はこの手で撫でたのではなかったか。見つめた手のひらに、柔らかな髪の感触がよみがえる。
 では、最初は。初めて出会ったあの夜はどうだったろう。
 必死で警察を呼ぼうと受話器を手にしていた奏に後ろから近付いたナガトは、その受話器を取り上げて声をかけ――そして、叫ばれた。

「あ……」

 どうして忘れていたのだろう。
 あの子は確かに強い。けれど、初めて会ったときから今までもずっと、あの子は未知の恐怖に怯え、悲鳴を上げて震える「ただの女の子」だった。
 最初から、ずっと。


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