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「……そうだ。強いからって、全部平気なわけじゃない」
「ナガト?」
「怯えてる。あいつ今頃、怖くて震えてる。――助けに行かないと」
「ちょっと待て、落ち着けって。俺達がパニクってどうする。行くったって、どうやって」
「どうやっても行くんだよ!」

 肩を掴んだアカギの腕を振り払い、ナガトは大きく吠えた。脇にいた穂香がびくりと震えるのが見えたが、構っている暇などない。
 感情を殺して兵器になるのは自分の仕事じゃない。兵器には程遠いと言われたことを思い出し、内心でそう吐き捨てた。そんなものになるのは無理だ。
 最初から向いていなかったのだと開き直って、感情のままにひた走ってパネルを叩き、順にスイッチを操作していく。

「なにする気だ!?」

 アカギの問いに答えている余裕などない。ただ目の前のことに必死だった。
 反対側へ走り、赤いレバーを引いたところでアカギの顔色が変わった。ハッチのすぐ近くに備えられていた機銃がグイッと大きく首を動かし、へばりついていた太い蔦を絡め取る。
 明らかに挙動のおかしい音が響いたが、そんなことに構っていられない。一挺くらい壊れたところでなんとかなるだろう。
 限界まで機銃の首を動かし、照準も絞らずに乱射した。振動で蔦が剥がれ、艦が大きく揺れる。ガクンと右に傾いたタイミングで、ナガトはハッチへと駆けた。
 飛ぶようにタラップを駆け上がって体当たり同然の勢いでハッチを跳ね上げる。あれほど固く塞がれていたそこは嘘のように素直に開き、ナガトを外の世界へと導いた。足先が完全に外へ出た瞬間、アカギの声が掻き消える。
 凄まじい音を立てて閉まったハッチの上には再び太い蔦が這い、アカギと穂香を狭い艦の中へと閉じ込めた。白い蔦がナガトにも迫る。背中に装備していた飛行樹を素早く取り出してスイッチを押し、翼を広げて空へと舞い上がった。

「邪魔するな!」

 縋るように伸びてきた蔦を薬銃で撃ち、そのままぐんと急上昇する。生身の身体に感じる浮遊感は、戦闘機のコックピットで感じるものとはまた違う。
 冬の凍てついた空気が、頬を容赦なく叩いていく。吐き出した息は白く、寒さにかじかむ手は高度を増すごとに悲鳴を上げる。これでは長時間の飛行は困難だ。早い段階で奏を見つけなければ、下手をすれば翼を失う。
 これからどうなるのか、想像しなかったわけではない。生きて国に帰ることができれば、そのときは厳罰が自分達を待ち受けていることだろう。どうせ今の時点で懲戒ものだ。だったらあと一つ二つ暴走してみせたところで、先に待つ未来はそう変わらない。
 緑防大で叩き込まれ、刷り込まれた考えは、それでいてここぞというときに効力を持たなかったらしい。「お前達は正義の味方じゃない。勘違いするな」と、教官や先輩から何度も言われた。そんな綺麗なものではないと、何度だって実感した。
 困っている誰かを助ける、正義の味方。
 そんなものでいる気も、そんなものになる気も、これっぽっちもなかった。
 命令遵守が最優先で、時には目の前の人間を見捨てなければならない。そうあるべきだと教え込まれ、それができると思い込んでいた。
 ――けれど。

「頼むから無事でいろ、絶対助けるから……!」

 一番最初に目指したものは、もうとっくに諦めていた“正義の味方”だったのだ。


* * *



「ナガト! 待てっ、オイッ! ――クソッ!!」

 すぐにハッチに向かったが、金属よりも頑丈な木製の重たい扉は、無情にもアカギの鼻先で勢いよく閉ざされた。思わず殴りつけたが、鳴り響いた音は鈍い金属音だ。骨まで響く衝撃に眉が寄る。
 殴りつけるような風圧に目を閉じると同時に、蔦の這う音が間近に聞こえた。どれほど力一杯ハッチを押し上げたところで、それはびくともしなかった。どうやら出口は完全に塞がれてしまったらしい。
 ――どうする。
 もう一度ナガトと同じ手法で蔦を蹴散らし、艦を脱出するか。したところでどうする。穂香一人をここに置いていくわけにはいかない。連れて行って、それでどうする。外は白の植物でいっぱいだ。危険区域に穂香を連れ出し、無事にミーティアのところまで辿り着けるだろうか。
 ありとあらゆる状況を想定し、リスクを計算する。出た結論は、一思いに飲み込むには随分と苦いものだった。


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