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 奏からのコールを受けて無事を告げていたら、突然艦体が大きく揺れ、艦が軋んだ。アラートがひび割れんばかりに絶叫する。艦内モニターに映し出された赤と白の明滅は、白の植物の存在を非情なまでにはっきりと示していた。
 外側に取りつけたカメラから、無数の蔦が艦に絡みついているのだと知った。人間の太腿ほどの太さもある蔦が、何本も何本も絡みついてくる。まるで内側に取り込もうとするかのような動きに、ぞっとした。無線機が異常をきたし、照明がジリリと揺れて苦しげに喘ぐ。
 そんな中で、あの女はよりにもよって予想を超えた発言を投げつけてきた。

『艦の周りになんか悪いのがおるんやろ? それやったら、あたしがそっちに行ったら、そいつら引き寄せられるんちゃうん?』

 一瞬、耳が馬鹿になったのかと思った。
 怒鳴り散らして止めたところで、奏は聞く耳を持たない。あの女ならば、言葉通りミーティアにこの艦の座標を訊ね、ここまでやってくるだろう。そしてなにができる。体力も技術もない、白の植物がなんたるかも知らない他プレートの女に、一体なにができるというのだ。
 艦は完全に白の植物に取り込まれ、エンジンを始動させても動く気配はなかった。無理に発艦させようとすれば、火災が発生する可能性もある。外側からの熱には強くとも、内部の熱には滅法弱いのが空渡艦や飛行樹の特徴だ。
 幸い、空渡艦はすぐさまひしゃげるような軟な造りではないので、白の植物の動きが収まった今はひとまず落ち着いて、冷静に対処を考えなければいけない。そんなことくらい分かっているのに、熱を上げる頭は冷静さをどこかに置いてきたらしい。
 もう一度リダイヤルしてみたが、何度コール音が鳴り響いても奏の声は聞こえなかった。

「落ち着け、ナガト。お前がその調子でどうする」
「……あ、あの、お姉ちゃんは、――あの人は、強いから。だから、あの……、きっと、大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけないだろ!? 民間人がどうこうできると思ってんのか!!」
「ひっ……!」
「ナガト!」

 アカギの淡々とした声は聞き慣れていたから、もはや耳に入っても頭までは届かなかった。けれど、未だに慣れない弱々しい声は、鼓膜を揺さぶり、耳管を通って脳に滑り込んでくる。その不愉快さに、ナガトは反射的に口を開いていた。それどころか、この腕は近くにあったグラスまで薙ぎ倒していたらしい。
 アカギの怒声と机を叩く大きな音に、嗚咽が重なる。見れば、穂香が小刻みに震えながら泣いていた。
 ――泣かせたのか。ありとあらゆる要因が重なる自己嫌悪に、舌打ちが漏れる。その音にすら怯えて泣くのだから、もうどうしようもない。
 言い逃れなどできない、正真正銘の八つ当たりだ。みっともない。情けない。民間人のか弱い女の子相手に、なにをやっているのだろうか。自己嫌悪という言葉では片付けきれない思いに、抱えた頭の奥がずくずくと痛んだ。
 考えなければいけないことは山ほどあるのに、思考がまとまらない。こんなときに、艦長がいてくれたら。誰か、経験を積んだ先人が一人でもいてくれたら。いつまでも甘えていられる年齢ではないけれど、切実にそう思った。

「……ごめん、ほのちゃん。八つ当たりした。ごめんね、怖がらせたね」

 少しは穏やかな表情を保てているだろうか。なんとか気を落ち着けて謝れば、穂香は泣きながら首を振って「私の方こそすみません」と謝ってきた。気弱な彼女なりの、精一杯の励ましの台詞を、自分は怒声で跳ねのけたのだ。相当怖かっただろう。非はこちらにあるというのに、彼女の方に謝られては堪らない。
 せめてアカギが彼女の薄い肩を抱き締めでもして慰めてくれればまだいいものを、仏頂面のこの男にそんな気の利いたことは望めるわけもなかった。
 艦内を重苦しい空気が支配する。時折聞こえるミシッという不吉な音が、否応なく余裕を削り取っていく。
 どうすればいい。今までの人生で話題に困ったことなどないから、なにを話せばいいか分からないという状況は苦痛でしかなかった。沈黙を破ろうにも、どうすればいいのかさっぱり分からない。
 何度目かの溜息に、痺れを切らしたのはアカギだった。口下手な男が自分から空気を変えるべく口を開くのは、本当に珍しい。

「――お前、たまに他人みてェに話すよな、奏のコト」

 ナガトは特に内容を飲み込みもせず、鼻で笑った。
 よりにもよって、このタイミングで奏の話か。そう思った直後、言葉の意味に気づいて眉根が寄る。


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