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 確かに、ナガトも引っかかっていた。穂香は時折、奏に対して、姉妹にしては不自然な距離を取る。つい先ほどの「あの人」というような呼び方もそうだ。
 アカギに話を振られ、穂香は真っ赤に充血した目を何度も瞬かせて小さく頷いた。そうしていると、まるで小さな兎のようだ。さしずめ大型犬に睨まれて怯える子兎だろうか。
 二人の視線に促され、穂香はかすかに首を振った。そこにはどんな意味が含まれているのだろう。話したくないという意思表示か、それとも別のなにかか。推理するよりも先に、震える声が唇を割る。

「……わ、私、あの人の、本当の妹じゃ、ないんです」

 だから――……。
 言葉の続きは震えて消えた。
 ナガトは、自分の目が大きく見開かれていることを自覚した。眼球を容赦なく外気が舐めていく。驚愕に瞠目しているのはアカギも同じだった。自分から掘り出した話題のくせに、踏んだ瞬間に地雷と気づいて固まっている。
 似ていない姉妹だとは思っていたが、まさか、そんな。
 アカギはもう使い物にならない。もともと口が回る男ではないのだから、こんな話題を前に上手く切り返せるはずもない。頭の奥に鈍い痛みを覚えながら、ナガトは穂香の隣の椅子を引き、静かに腰を下ろした。震える手をそっと握る。
 とんでもない爆弾を掘り当てたとはいえ、元は冷静さを欠いた自分をフォローするためにしたことだ。今度はナガトがアカギをフォローする番だった。

「ねえ、ほのちゃん。その話、詳しく聞いてもいい?」
「……八歳の、ときに、……両親が、事故に遭って。車で、高速道路で。私は、後部座席にいて。それで、叔母さんが――、今のお母さんが、私を引き取ってくれたんです」
「つまり、二人はいとこ同士ってこと?」
「はい……」

 聞けば、それはよくある悲劇のようだった。
 テールベルトで放送されていた人気ドラマの主人公も、確かそんな生い立ちだった。よく見かける悲劇ではあるけれど、現実に出会ったためしは今までなかった。ドラマの中で、主人公の周りの人物達はどんなふうに声をかけていただろうか。

「私、新しい家で、ずっと、泣いてばかりで……。お姉ちゃんは、いつも傍にいてくれて」
「……奏らしいね」
「お母さんも、お父さんも、すごく、よくしてくれるんです。……申し訳ないくらいに。あの人達は、とても優しいから。急に入ってきた私にも、優しいんです」

 ぽたぽたと零れる涙の意味は、どこにあるのだろう。
 実の娘ではないとはいえ、穂香と奏に血の繋がりはある。ナガトが見ている限り、両親も含めて新しい家族の仲は良好のように感じられた。なにより奏は、誰が見ても穂香を溺愛している。
 それでも穂香は俯き、嘆く。

「いつも気を遣ってくれて、それで、だから私、迷惑かけないようにって、ずっと思ってきたのに……。なのに、こんなことになって……! わたっ、私が、あんな苺、買ったから! 森田さんのことだって! 私がもっと強かったら、もっとしっかりしてたら、あんなことにはならなかったのに……。私が駄目だから、こんなことになったの。だから、お姉ちゃんがっ」
「それで? お前はなんて言ってほしいんだ。そんなことないって言ってほしいのか? それともその通りだっつって責められてェのか。どっちだろうが、そうじゃねェだろ」

 堰を切ったように話し始めた穂香を遮るように、アカギが苛立ちを隠さない声を上げた。鋭く細められた眼差しといい、低く唸るような声といい、これではまた穂香が怯えてしまうに違いない。

「お前一人の行動、判断でこんな有り様になったとでも思ってんのか? 思い上がんな。ンな簡単な事態なら、俺達はこんな仕事してねェんだよ」

 その通りだ。
 穂香があの苺を買わなかったからといって、この事態が防げたわけではない。

「何度だって言ってやる。思い上がんな。……家族のことだってそうだろ。変に気ィ遣って、受け入れてねェのはお前の方だろ。表面だけイイコ演じて、いつまでも可哀想な自分に酔ってんじゃねェよ。そういうの、すっげェウゼェ。あのバカ女がなんのために無茶してると思ってんだ。お前のためだろうが。いつもいつも、二言目には“妹”の話してんだろ。そんだけ耳塞いでりゃ、聞こえるわけねェわな」

 容赦のない物言いだ。案の定穂香は涙を溢れさせたが、ナガトですら慰める言葉が浮かんでこなかった。頬を伝う雫を指で拭ってやって、ただ苦笑する。


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