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「どういうことなの、ハマカゼ。これはお兄様から頂いたものじゃない。こればかりは、勝手に触らないでと言いつけておいたはずよ」
「申し訳ございません。ですがお嬢様、ヤマト様からのご命令です」
「お兄様の? どういうこと?」
「先日お嬢様に贈った簪と帯留めには不具合があることが判明したため、処分しておくようにとのご連絡がありました。万が一のことがあっては心配ですので、私が回収を」

 螺鈿の箱に仕舞っているスズランを模した銀の簪と帯留めは、つい先日ヤマト本人から贈られたものだった。実際に使用してみたが、文句の付けどころのない一級品で不具合などどこにも感じられなかった。そう簡単に壊れるようなものを兄が選ぶとは思えないし、改めて見てもなんらおかしいところはない。
 疑わしげにハマカゼを見上げたものの、彼は表情一つ変えなかった。高級品を盗んではした金に変えるような男ではないことは知っていたので、必然的に彼の言葉を飲み込むことになる。

「……不具合というけれど、なにが問題だというの? どこもおかしなところはないけれど」
「私も詳しくは伺っておりません。ヤマト様はご多忙のご様子でしたので、詳細をお尋ねする余裕はございませんでした」

 兄から貰った宝物というだけあって手放しがたく、シナノは桜色の唇をつんと尖らせた。
 上品な銀の輝きをそっと指先で撫でて別れを告げる。実のところ納得はしがたく、手放したいわけでもなかったが、兄の言うことならば仕方がない。

「そう……。残念ね」
「ええ。ですがご安心ください。ヤマト様より、後日代わりのものを贈ると言付かっております」
「とても嬉しいけれど、かえってお兄様の手を煩わせてしまったのではないかしら……。……ハマカゼ、お兄様には気になさらないでと伝えておきなさい」
「かしこまりました」

 あの兄が時間を割いて用意してくれる贈り物は大変魅力的だが、子どもではないのだし我儘ばかりも言ってられない。
 深々と頭を下げて立ち去ったハマカゼの後姿を見送り、シナノは自室へと戻った。深紫の座布団の上にきちんと膝を揃えて正座し、女中が淹れた茶を楽しむ。

「まだ一度しかつけていなかったのに」

 思わず零れた独り言に、教育の行き届いた彼女達は反応を示さなかった。温かい湯呑を手の中でゆっくりと回しながら、細やかな思い出に浸る。
 銀のスズランは、ビリジアンからの客人にも大層喜ばれた。彼らが気に入ったのは着物のようだったが、抜かりなく簪と帯留めも褒めてくれたのだ。兄からの贈り物だと告げると、彼らも一緒に喜んでくれた。
 鈴なりになった小さな花がしゃらしゃらとたくさん揺れる簪は本当に愛らしかったのに、残念だ。
 けれどいつまでも落ち込んでいるわけにはいかないと己に言い聞かせ、シナノは小さく溜息を吐いた。


* * *



 どこまでも強く、気高い。
 それはお前の望む姿だろう。
 けれど、お前は決してなれない姿だろう。
 憧れて、尊んで、羨んで。
 だからこそ、苛立つのだろう。


「ああもうっ、クソッ!」

 ナガトは頭を掻き乱しながら口汚く悪態を吐き、思いつく限りの罵倒を早口で捲くし立てて椅子を蹴った。溢れそうな苛立ちが、足に走った痛みを消す。自分がどれほど余裕のない表情をしているかだなんて、鏡を見ずとも容易に想像がついた。
 奏と初めて会ったときから、無茶苦茶な女だと思っていた。
 気が強くて、なにをするか分からない。小さな子どもみたいに好奇心が強くて、喜怒哀楽が分かりやすく、柔軟な思考を見せたかと思えばひどく頑固だ。そんな矛盾すら綺麗に纏めた姿は、いつだって凛として見えた。
 たった二人の女の子を助けるためだけに、このプレートに来たわけではなかった。そんなヒーローじみたことは自分達にはできないし、考えもしなかった。それどころか、最初は囮にする気ですらいたのだ。だのに、目が離せないと思うようになったのは、いつからだったろう。
 幸い、艦が軋む音は止んでいる。白の植物による襲撃は、どうやら少し落ち着いたらしい。何度かけても繋がらない携帯端末を握り締めたまま、ナガトは大きく息を吐いた。
 穂香を救出し、安全地帯と思われる山中に着艦したのは、ほんの数十分前の話だ。警告はなにもなかった。感染者もおらず、核反応もなかった。――だから下ろしたのに。


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