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 だが、ナガトがあの場に残ったということは――。
 薬銃が奏でる銃声のあと、甲高い悲鳴が木霊した。目だけではなく、耳も塞いでおけと指示すればよかったと悔いてももう遅い。森田の絶叫が消える頃、アカギの背中で穂香が嗚咽を漏らすのが聞こえた。
 駆け上がる階段に蔓延る感染者を、アカギはやむを得ず殴って戦闘不能にした。一人が滑り落ちれば、後続の数人が巻き込まれて雪崩のように落ちていく。
 このまま屋上へと出てもいいのだろうか。報道陣は。一瞬そんなことを考えたが、嘲笑と銃声の響く中で迷う暇はない。日の差し込む扉のあった場所へと駆け込むと、埃っぽい空気が喉を焼いた。
 全速力で艦へと走る。とにかく、穂香を艦の中へ押し込まなければ。あと数メートルが遠い。ナガトがなにかを叫び、再び閃光弾が爆発した。心臓が破裂しそうだ。
 もつれる足でタラップを駆け上がり、ハッチを開けて、半ば落とすように穂香を押し込んだ。

「いいか、ぜってェ動くんじゃねェぞ!」

 見上げてくるぐしゃぐしゃの泣き顔にそう言いつけて、アカギは艦上部から飛び降りた。着地した衝撃が足裏から膝へと駆け上がる。
 出入り口で感染者を食い止めるナガトの背中から自分の装備品をもぎ取って、凄まじい勢いで階段を駆け上ってきた感染者を一人沈める。
 まだあの男は姿を現さない。だが、必ず来る。
 自らの娘を撃ち抜くほど狂っているのなら、確実に。

「ほのちゃんは!?」
「艦の中! 俺達さえ戻ればいつでも脱出できる!」
「よくやった! ――でもさ、アカギ」

 銃声は止まない。
 ただひたすらに薬弾を撃ち込む中で、ナガトが困ったように笑みを浮かべた。

「俺ら、艦内のモニター、切ってないよね」

 それがどうした。今すべき話ではない。「はあ!?」三人目を撃ち抜きながら怒鳴りつける。
 階段の下に、倒れた感染者達を踏みつけながら登ってくる例の男の姿が見えた。
 振り回される銃は、引き金一つで人を殺す。

「――あいつ、半寄生と完全寄生、どっちだと思う?」

 真剣なその目に、ようやっと意味を悟る。
 完全寄生であれば殺処分対象だ。――殺処分するより、他に手立てがない。
 半寄生であればまだ回復の見込みはあるが、どちらにせよ今の状態では手の施しようがなかった。薬弾で動きを鈍らせ、ミーティア達の応援が来るまで持てればいいが、完全寄生であれば薬弾の効果もすぐに切れて暴れ出すだろう。
 「娘の方はどうだった」とは聞かなかった。今聞いても、意味のないことだったからだ。
 男の目玉はぐるぐると忙しなく動き、充血して赤く染まっている。口から零れる粘着質な唾液は樹液を思わせ、蒼白い唇の端からは唾液と一緒に蔓のようなものが伸びているのが見えた。首筋に浮かんだ葉脈の痣。血で汚れた衣服。
 あれはもう、ヒトの形をした化け物だ。
 半寄生か、完全寄生か。それを判断できるだけの余裕が今の自分達にはない。分かるのは、あの男が寄生されているということだけだ。
 防衛ラインは、扉があったこの場所だ。ここから先へは一人の感染者も立ち入らせるわけにはいかない。たった二人で何十人もの感染者達を捌かなければいけないこの状況で、あの男の状態をサーチしているだけの時間などなかった。

「……どっちにしろ、ほっとくワケにゃいかねェんだろ」
「そうだね。――アカギ、カバーして。俺がやる」
「おいっ」
「お前の方がでかいんだから、とっとと後ろ下がれ! それでついでに祈ってろ。……見てませんようにって」

 ナガトが取り出した銃に込められている弾丸は、薬弾ではない。元は薬弾と同じ、種の弾丸だ。けれどそれは金属などよりも遥かに硬く、――相手を殺傷するために作られたものだった。
 静かにそれを構えたナガトは、感染者の波にてこずる男の頭に狙いを定めた。
 ――ああ、クソ。
 そう吐き捨て、アカギは眼前まで迫ってきていた感染者の足を撃ち抜く。
 ナガトが集中できるように。一人欠けた分を、補うために。ただひたすらに、引き金を引き続けた。


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