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「嫌や! 止まって! 助けてよ!!」

 教師でも生徒でもない男が、渡り廊下の真ん中で銃を掲げて嗤っている。高く響いた銃声。低く呻いた、子どもとも大人ともつかない声。なにかが倒れる音。「いやぁっ」背中に聞こえる裏返った小さな悲鳴。
 森田が喚く。狂ってしまった父親を止めようと、あるいは助けようと、喉が潰れそうなほど必死に声を上げる。だが、その声は無情にも届かない。たとえ肉親であろうと、あの状態の感染者にはなにを言っても無駄だ。親子だろうが恋人だろうが関係なく、彼らは破壊衝動のままに動く。
 拳銃を乱射され、すぐさまナガトが03を構えて男の腕に狙いを定めて引き金を引いた。しかし振り回される腕は予測がつかず、弾は無情にも空へと放たれる。

「きゃああああああ! ひとごろし!」
「黙ってろ!」
「助けてぇえええ! 人殺し!! 誰かっ、ねえ、誰かぁっ!」

 父親に向かって発砲したナガトを人殺しと罵り、森田が暴れる。この騒ぎに反応して、校舎内の感染者達が興奮状態に陥っているのが分かった。もしも囲まれたら抜けられない。
 ――それはすなわち、死に直結する。

「ナガト!」
「分かってる! でも、あいつを放っておいたらこの子達が殺されるだろ!」

 森田の父だという男が持っているのは、薬銃ではなくただの銃だ。あれは健常者だろうが感染者だろうが、関係なく命を奪える殺傷力を持つ。
 喚く森田を引きずりながら、掴みかかろうと襲ってきた感染者を薙ぎ倒す。悲鳴が止まない。

「だったら追わせろ、上で片付けんぞ!」

 リスクは跳ね上がるが、それしかなかった。
 感染者を引き寄せるには、目立てばいい。ただそれだけだ。大きな音を立て、ただひたすら走ればいい。そうすれば奴らは追ってくる。寄生体であればなおさらだ。幸い、ここにはちょうどいい拡声器(森田)がいる。
 ナガトは了承の言葉の代わりに、薬銃の消音機能を外して発砲を続けた。軽度感染であろう生徒達の足を撃ち抜き、追っ手をできる限り減らしつつ先へと進む。
 屋上に続く階段にやっと辿り着いたと思ったそのとき、耳障りな銃声が短い悲鳴を生み、次いでアカギの左腕にかかる体重がぐっと重さを増した。

「あっ……」
「森田さん? 森田さっ、」
「オイ、しっかりしろ! クソッ、掴まってろ!」

 森田の足から鮮血が噴き出し、紺の靴下をより一層色濃く染め上げる。床に滴る血が描く模様はいびつで、どんな地獄絵図よりもおぞましかった。
 父親に撃たれ、森田は痛みよりも先に困惑が勝ったようだった。大きく瞠られた瞳が、なにが起こったのかを理解しきれていないことを如実に物語っている。
 穂香を背負ったまま森田を抱きかかえようとしたアカギに、汗だくになったナガトが銃口を向けた。しかしそれはすぐに勘違いだったと気づく。薬銃の先は、アカギではなく森田に向いている。

「アカギ、その子を離して先に行け」
「なんっ、いやっ、殺さないで! ――赤坂さん! 助けて!」
「早く行け!」

 殺気さえ滲ませながら、ナガトの瞳は悲哀を宿していた。
 アカギの背中で穂香が「森田さん、」と悲痛な声を出す。早く、とナガトが叫ぶのと同時、アカギの腕にぎりっと爪が立てられた。分厚い戦闘服越しゆえに突き抜けるような痛みはないが、女子高生が出す“火事場の馬鹿力”にしては強すぎる力に、嫌な予感がした。
 縋りつく森田の瞳がアカギを見上げる。濡れた瞳は充血しているものの、焦点はしっかりしていて正常に見えた。

「助けて、置いていかんで、なあ。なあ、痒い、なあ、なにこれ、助けて、葉っぱみたいな、なあ、なあ、なあ!」

 血を噴き出す穴から、赤く汚れた白が芽吹く。
 それを目にした瞬間、アカギは冷酷なまでに一瞬で森田を振り払い、ナガトの指示通り駆け出した。駆け出さなければならなかった。
 以前、穂香から聞かされていた話が頭をよぎる。森田の家にあった植物が感染源なのだとすれば、彼女も感染していたと考えることが妥当だ。
 寄生体との濃厚接触により、長い潜伏期間が破られたのだろう。軽度感染で済むか、それとも完全に発症してしまうかは、彼女の運次第だ。


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