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踊る欠片に惑わされ *13
変わる色を眺める。
色づいた木々から零れる赤い葉が、まるで踊っているようだった。
ひらり、ひらり。
何度も零れるその色は、ただの赤か、それとも。
踊る赤。舞う赤。飛び散る赤。
言葉にすればどれも同じ色なのに、目にすればあまりにも色が違う。
色に溢れた世界を見て、誰かが囁いた。
――ねえ、どうして、この世界には色があるの?
「っしゃ、ナガト、そっち行ったぞ!」
「任せとけっての!」
言い終わる前にナガトが地を蹴り、迫り来る感染者の太腿に04(ゼロヨン)の弾を狙い通りに打ち込んだ。赤が舞う。足元に広がる紅葉の赤に、鮮血が飛ぶ。レベルC程度の感染者は殺処分対象ではないが、それでも無傷のまま抑え込める相手ではない。
撃たなければ殺される。油断をすれば、血を流して地面を転がるのは自分達の方なのだ。
飛行樹で飛び上がって敵の一撃を避けたアカギは、上空から狙いを定めて、ナガトの背後に迫っていた感染者の肩を打ち抜いた。風が頬を容赦なく叩く。血の匂いが濃くなった。
もうかれこれ一時間以上戦闘を繰り広げており、アカギもナガトもお互いに息が上がってきている。突然鳴り響いたアラートは、今でも耳の奥にこびりついて離れない。感染者を知らせる明滅がモニターに映し出され、それを追って紅葉の美しい山に分け入ったところで、十体を超える感染者の襲撃だ。
テールベルトではこの程度ならごく小規模の集団感染とされ、さほど労せず対処できると判断されるだろう。しかし、今ここにいる軍人はたった二人だけだ。
不幸中の幸いというべきか、レベル自体はそう深刻なものではなかった。以前のようにハルナに助力を請わねばならないほどのものではなく、二人でも十分に対処できる程度ではあった。だが、それがどれほどの慰めになると言うのだろう。
飛行樹を操ってさらに上空へと舞えば、ぐんと身体が引っ張られて肩に体重が乗る。片腕でぶら下がった飛行樹は消耗品だ。そのうち使えなくなる。高みから見下ろしたそこは、赤が氾濫していた。
アカギの胸を、つきりとした僅かな痛みが襲う。今は余計なことを考えている場合ではない。くだらない感傷に浸り判断を誤れば、そのときはこの身が赤く染まるのだ。一つ舌打ちを零し、しっかりと飛行樹のグリップを握り直してアカギは声を張り上げた。
「ナガト、伏せろ!」
親指でレバーを操作し、一気に高度を下げて滑空する。風切り音が痛いくらいに鼓膜を叩き、ぐんぐん近づいていく木々がアカギの侵入を阻むように揺れているのが見えた。感染者の虚ろな瞳がアカギを捉え、歪んだ口がなにかを吐いた。
放たれたそれは呪詛だったのか、それとも、救いを求める言葉だったのか。鳥でもないのに空を駆けるアカギには、その声は届かない。構えた薬銃がずっしりとした重みを増した気がした。
声は届かない。応えの代わりに返すのは贖罪の弾だ。
蒼白く色を変えたその首筋に、空を滑る勢いのまま弾丸を撃ち込み、続けざまに後方の二体に弾を撃ち込む。駆けだしたナガトがよろめいた一体の腹に弾丸を叩き込むと、その一体がどさりと地に伏したのを最後に音が止んだ。
地を離れていたのはほんの数分だというのに、足裏が土を踏みしめた瞬間になんとも言えない安堵感が胸に広がった。この安定感が愛おしい。空軍に籍を置いているというのに、空から戻ってくるとどうしようもなくほっとして、あの空を飛んでいた自分が一瞬信じられなくなる。思わず見上げた空は、薄く白い粉が刷けられたようにうっすらと曇っていた。
あの不透明な青空に、つい今し方まで浮かんでいた。
空が青ければ青いほど、この妙な感情は強くなる。当然のことながら、この背中に翼はない。偽りの翼で空を飛ぶ。いつだったか、ハルナが言っていた。コックピットは鳥籠なのだと。自分達は、鳥籠に入って空を飛ぶ。
――だが、飛ばされているとは思わない。あくまでも、己が意思で飛んでいる。
きっぱりと彼がそう言ったとき、いつまでも背中を追い続けることになるのだろうと、そう思った。「どうして空軍なの?」奏の疑問が胸を刺す。自分でもよく分からない。どうして空軍の道を進んだのか。どうして、空軍でなければならなかったのか。別に陸軍でもよかった。いや、そもそもなぜ軍隊に入ろうと思ったのか。
はっきりとしないままこの背に生やした偽りの翼は、想像以上に重い。