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「アカギ〜、室長さんに回収の連絡入れといた。あと三分もしないうちに来るって。相変わらず動きが早いね」
「おう、サンキュ。スズヤ二尉達には連絡ついたか?」
「ちっとも。コールしたけどすぐに不通。こりゃ向こう側で拒否られてんね。ハルナ二尉も同様。……どういう意味か分かる?」
「はっ、考えたくもねェな」

 この状況下で、あの二人が自分から連絡を拒絶することなどまずありえない。となれば、通信を妨害されていると考えるのが妥当だ。――誰がなんのために。そんなこと、わざわざ考えたくもない。
 額の汗を拭ったナガトが、地に倒れる感染者達を見回して大仰に溜息を吐いた。

「それにしても、最近急に増えてきたよね。レベルはそんなに高くないけどさ、それが上がってくるのも時間の問題だろ。奏、大丈夫かな」

 意識的にか、それとも、無意識にか。
 最後の部分だけ小さく潜められた台詞が、やけに引っかかった。汗の滲んだ横顔に、疲労以外の色は見えない。本来ならば心配などする義理もないのだが、ナガトの瞳に映り込んだ熱っぽさに、思わず口が開いていた。

「惚れんじゃねェぞ」
「は?」

 思い切り怪訝そうな顔をされて、己の失言を自覚する。しかし、一瞬見せたナガトの変化に気づいてしまった以上、引き返すことはできそうにもなかった。
 あと数分。ミーティアが回収にやってくるその数分の間に、言いたいことを言ってしまえばいい。
 なぜこんなことを言い出したのか、自分でも説明がつかない。他人の色恋になど微塵もないし、ナガトがどうなろうとそれこそ知ったことではない。そのはずなのに、口は勝手に動き出す。

「他プレートの人間と必要以上に関係持つのは面倒の元だ。やめとけ」
「急になに言ってんの、お前」
「前にニュースになってたろ。他プレートの女と軍の人間がトラブル起こしたって」
「あのね、俺は別に――」

 苛立ちを隠さず眼光を鋭くさせたナガトの台詞に重ねるように、けたたましくアラートが鳴り響く。日常から非日常を問答無用で引きずり出す、無情な警告音。一気に緊張が走り、それまでの空気を遮断する。一つ心臓が跳ねるたびに、一定量の血液が全身を駆け巡る。同時に弾き出される様々な計算。
 身体が動く。考えるよりも先に、手が薬銃を握っていた。

「たっく! アカギじゃないけどさ、この状況になっても応援来ないのはなんでか、なんて、ほんっと考えたくないよね!」


* * *



 鳴り響く警告音に、誰もが血相を変えて対処に当たっていた。人を焦らせるこの音は確かに耳に不快だけれど、実を言うとあまり嫌いではない。この音を聞くたびに胸が高鳴った。手足が痺れて吐息が震える。
 これは試されているのだ。突然起こる不測の事態を限られた僅かな時間でどう対処するか、その技量が試されている。
 目の前で倒れ込んだ兵士のデータを観測していると、微細な波形の乱れが見て取れた。誤差の範囲内とはいえ、完璧からはほど遠い。想定ではこの数字はありえない。
 すぐさま、つい半年前までは上司だった年上の部下に設定の確認を取らせたところ、0.1グリアほど右バロメータの設定がずれていた。

「あーらら」

 丁寧に切り揃えられた丸い爪の先が紙面をなぞる。花のつぼみに見えるように後頭部に纏めた癖の強い金髪が、実験室の淡い光を受けて光を弾く。
 ミスを発見して謝罪する部下を前に、若き天才科学者は愛くるしい笑顔でコップを持った。天使のようなと形容される笑顔は、一瞬にして怒気に塗り替えられ、水面が大きく揺れ動く。

「バッカじゃないの!? こんなくっだらないミスするくらいならやめちゃえば? あんた、あたしの足引っ張って楽しい? ねえ、どうなの?」
「も、申し訳ございません」
「謝って済むとか思ってるんならほんっと無能。邪魔よ、消えて」

 ぴしゃりと怒鳴りつけて、コップの水を投げるようにかけた。頭から雫を滴らせる男の唇は、今や屈辱と怒りで震えている。十以上も年下の小娘に無能呼ばわりされたのだから、怒りはもっともだろう。だが、彼が使えないというのもまた事実だった。
 使えない人間に用はない。同情も憐みも、そんな人間相手に投げかけてやるのがもったいない。与える感情は侮蔑と嘲笑、たったそれだけで十分だ。ここまでくれば、そんな無能を視界に入れてやるだけでもありがたいと思ってほしい。


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