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『おとぎ話でないとしたら、どう思いますか』

 鼓膜を溶かされるような甘い声は、もう、ない。
 真剣な声音に、自然と背筋が伸びた。

『人身を捧げることにより、白の植物を押さえ込む。確かに、それはおとぎ話のように聞こえるかもしれません。でも、現に今、王族はなにもないところに緑を生む力を持っています。人身を捧げ、緑を生んでいます。それは受け入れられて、緑のゆりかごはただの伝説だと言い切ることができますか?』
「そうは言っても、遥か昔の話だ。証拠もなにもないだろう。それに、今その話がどう関係してくる?」
『――また、同じことが繰り返されるのだとしたら?』
「は? 同じこと……? ちょっと待てマミヤ士長、それは」
『はい。緑花院は、――この国は、“緑のゆりかご”を計画しているのかもしれないと、そう言っているんです』

 緑のゆりかご計画。
 全貌はまったく見えてこない。だが、それだけでなぜか薄ら寒いものを感じた。

『王族が動けない。すぐさま公にされるべき事故が揉み消されている。上層部はこの一件に口を噤んだままです。考えられうる最悪の事態が、緑のゆりかご計画です。――どんなにかわいい名前つけたところで、しょせんは人身御供。ナガト三尉とアカギ三尉が、生贄に選ばれたとしたら。……ハルナさん、あなたはそれでも黙っていることができますか』
「それ、は……」
『――まぁ、確かじゃありませんけどぉ。でも、ないとは言い切れませんよねぇ。だから、緑のゆりかごに大きく関わっていそうなビリジアンの人間と繋がるのは、ハイリスクハイリターンだなぁって思うんですよぅ』

 マミヤが急にいつもの間延びした口調に戻り、ハルナは身体からどっと力が抜けるのを感じた。どうやら気づかぬうちに全身が強ばっていたらしい。
 生贄だなどと、そんな馬鹿げた話があってたまるか。そう言い切れなかったのは、自ら屠ったかつての恋人の言葉を思い出したからだ。

 ――カクタスではね、人体実験なんてざらなのよ。あたしの国はね、人の命を命とも思っていないの。でもこのくらい、あんたの国でもやってるでしょ? あんたが知らないだけよ。だってあんたはまっすぐだもの。

 肌理細やかで滑らかだった肌には、葉脈が浮いていた。血走った目でハルナを見つめ、彼女はそんなことを言っていた。彼女は文字通り、研究に身を捧げた。あの国が望むままに。
 あれは“人身御供”とはどう違うのだろう。“生贄”にされたのではないか。
 だとしたら。――だとしたら、どうなる。

『ハルナさぁん? 聞こえてます〜?』
「――すまん、聞こえている。ビリジアンの研究者に関しては、信頼できそうならば話す。そうでなければカクタス側に働きかけることも努力してみるが、期待はするな。現状はかなり厳しい」
『じゅーぶんですよぉ。一応、お願いしますね。もし動けそうなら、またチトセの端末に連絡くださぁい。わたしの端末だと、ちょーっと不具合あるかもしれないんで』

 ちゅっと軽い唇の音がすぐ耳元で聞こえて、ハルナは急激に頬が熱くなるのを自覚した。つい今しがたまで冷静に抑え込んでいた感情が溢れ出しそうで、慌てて首を振る。

「しょうちした」
『ふふっ、はぁーい。――あ、そうだ、ハルナさん』
「なんだ」

 今度はなにを聞かされるのかと若干身構えていたハルナに、穏やかな声音が染み渡る。

『スズヤさん、割と元気にしておられるそーですよ』
「……そうか」
『はい。それでは、また〜』

 甘い余韻を残して通話が切れる。
 久しぶりにマミヤの声を聞いた。後ろからたまに聞こえてきた咳払いはチトセのものだろう。二人とも元気でいるらしい。
 そして、スズヤも。
 無事ならば、それでいい。
 ハルナは一度ぐっと伸びをし、ベッドに横になった。目を閉じれば、たちまち思考の渦に呑まれていく。
 ――緑のゆりかご。
 そんなおとぎ話が、もし、事実だったとしたら。
 

 だとしたら、俺達はまた、かつてのあやまちを繰り返すのか。


【12話*end】
【2015.0805.加筆修正】


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