6 [ 97/225 ]
「あんな、ほのちゃん。周りに迷惑かけへんようにしようって考えるんはほのちゃんのいいとこやけど、頼ってもらわれへんのも寂しいんやで。なんかあったんは分かるのに、しんどそうにしてんのに、一体どういうことで苦しんでんのかまったく分からんのもつらいんやで。――まあ、それはあたしの我儘なんやけども」
「え……」
「『助けて』って言ってもらえやな、助けてあげられへん。あたしは、ほんのちょっとでもええから、ほのちゃんの助けになりたい。……余計なお世話やったらごめんやけど」
「ちがっ……! ちがうのっ、余計とか、そんなことない。郁ちゃんには、本当に感謝してるよ。昔から、ずっと」
初めて会ったのは中学生の頃だった。
小学校の頃の友達は校区が違い、中学校に上がったときには知り合いがほとんどいなかった。周りが入学式で友達を作っていく中、穂香は一人忍ぶように縮こまっていた。もともと人見知りが激しく引っ込み思案な性格だったから、自分から話しかけに行くこともできず、話かけられても長続きしないせいで人は離れる。
ろくに友達もできないまま一年が過ぎ、二年生になった。同級生達はクラス替えをして一喜一憂しているが、穂香には関係のないことだった。そんなとき、新しいクラスで一人ぽつんと席に座っていた穂香に声をかけてきたのが郁だ。彼女は見るからに元気な笑顔を携えて、穂香に向かって明るく言った。
『きれいな髪やね! あたし、山下郁。そっちは?』
あのときから、穂香にとって郁は一番の友達だ。郁にとっては、きっと違うのだろうけれど。
感謝してもしきれない。郁の優しさは身に染みて分かっている。
「今は、詳しいことは話せないんだけど、でも……。でも、ほんと、大丈夫だから。そんな大したことじゃないの。大丈夫、だよ。ありがとう」
「……そっか、分かった。でも、話したくなったらいつでも言うてな! ――そうと決まれば、とりあえず食べよ! 食べて嫌な気持ち吹き飛ばそ! なっ」
明るい笑顔が眩しい。こんなにいい子がどうして自分と一緒にいてくれるのか、穂香には理解できなかった。
いつか離れてしまうとしても、郁が与えてくれた温かい気持ちは忘れることがないだろう。
零れたパンケーキの欠片が、フォークの上で震えていた。優しい気遣いによって呼び覚まされた冷たい記憶が、じゃらり、重たい音を立てて心に鎖をかけていく。
どうか気づかないでと願いながら、穂香は最後の一口を飲み込んだ。
* * *
「『まるでゾンビ。新たな病魔か。WHOは早急に調査を進めている――』……か。アメリカやヨーロッパの方じゃかなり騒がれてきてるけど、これも感染者?」
「この記事見る限りではね。ほら、ここ。首のトコ、葉脈浮かんでるでしょ。こっちのは傷口から発芽してる。少なくともこれは感染者で間違いないよ」
「うっわ、えっぐ……」
インターネットのニュース記事では、海外での奇妙な現象としてそれが取り上げられていた。ゾンビ化が起こっていると話題になっており、医師や専門家の見立ては新型のウイルスによる病気だと論じられている。だが、ナガトとアカギは、はっきりと白の植物が原因であると言い放った。それには奏も同意見だ。
テレビのニュースでも放送されているが、世間では「怖いなあ」と感想を漏らす程度の“他人事”扱いだ。感覚的に言えば、エボラ出血熱と同様の扱いに近かった。恐怖を煽るような過剰な特集はされるけれど、それは身近な病ではない。遠い国の、自分達には関係のない出来事。誰もがそう思っているだろう雰囲気が、スタジオの様子からも見て取れる。
怖い怖いと言いつつ、誰もが「自分達には降りかかるはずがない」と思っている。だが、脅威はすぐ目の前にあるのだ。
「なんでこんだけ騒がれてんのに、日本じゃあんま話題になってへんのかなぁ」
「そりゃ、向こうほど感染者のレベルが高くないからね。錯乱して人を襲ったとしても、ただの犯罪者の域だ。高レベル感染者の集団感染とか、そういうのが起こればあっという間にパニックだよ」
「なんにしたって、プレート間交渉の有無も分かんねェな。ハルナ二尉とは相変わらず連絡取れねェし」
苛立ちを隠そうともせず、アカギが壁を軽く蹴った。隣の部屋では穂香が勉強に勤しんでいる頃なので、妨害の罰として遠慮なく頭を叩く。
痛みに吠えたアカギをそのまま無視し、奏は以前から疑問に思っていたことをナガトに問うた。