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「胸が……なんですか? それがどうしたんです、なにか関係ありますか? ありませんよね、ええ、ありませんとも。分かりました。貴方達のお気持ちはよーく分かりました。安心して下さいね、楽にはさせてあげませんから」
「……うわー、ライナがぷっつんきてる」
「確かにないな、ライナの――」
「頼むからそれ以上は言うなよ、シエラ。……下手すると素手で瓶割るぞ」

 完全に目が据わったライナは、冷ややかな笑顔のままさらに神言を唱えた。
 それに応戦して濃灰色の髪をした少年イェランが魔力を放ち、無効化する。若干彼の方が力負けしたのか、痺れた右腕を見て小さく舌を出した。
 ラヴァリルが撃鉄を引き起こし、弾倉が回転したのを確認してから引き金を引いた。
 銀の弾丸が黒髪の方、イェスタを狙う。イェスタはそれを寸でのところで裂けると、イェランと立ち位置を入れ替えるようにふわりと跳躍した。

 風の色が変わる。今までの雰囲気とは一変し、無邪気だった彼らの表情に残虐な光が宿った。
 子供特有の短い指には、指よりも遥かに長い爪が血を求めて揺らいでいる。
 これが本当の始まりなのだと、シエラが自覚するには十分すぎる変化だった。
 相変わらず背に庇われたままなにもすることなく立ち尽くし、繰り広げられる戦闘に息を呑んだ。ライナの結界が彼らの行動範囲を狭め、エルクディアがすかさず斬り込んで退路を塞ぐ。
 そこにラヴァリルが弾丸を撃ち込み、確実に彼らを追い詰めていった。
 きん、とエルクディアの剣を鋭い爪で流す甲高い音がひっきりなしに聞こえるが、そのほとんどは銃声に掻き消される。
 どくどくとうるさい心音さえ掻き消してくれたらいいのに、とシエラは思った。

「そろそろ終わりにしないか?」

 エルクディアの切っ先がイェランの外套の一部を切り裂く。切れ目から零れた自身の大腿部を見て、イェランはにぃと口角を上げた。

「だってさ、イェスタ」
「なら、そうする?」

 陽はすっかり落ちてしまった。紅玉の双眸が不敵に輝き、間髪入れずに彼らは踵を返す。その動きにいち早く反応したラヴァリルが、慌てて駆け出した。

「待てっ、追うな!」

 しかしエルクディアの忠告も虚しく、ラヴァリルは引き込まれるようにして路地裏へと入っていってしまった。
 薄闇の中、エルクディアが長い指で前髪を掻き上げ、苦渋の表情を押し隠しているのが確認できる。
 同じように息をついたライナが、なにも言わずに彼に聖水を振り掛けた。いきなりの行動に目を丸くさせるシエラと違い、彼はなにかを納得したように頷いてラヴァリルのあとを追う。
 金の髪から滴る聖水を綺麗だと思う間もなく、シエラの手はライナにとられた。

「大丈夫ですから。だから、落ち着いて下さいね」

 手を引いたまま、ライナは振り向かずに言った。けれど彼女は、自分を安心させるために微笑んでいるのだろう。――なんとなくだがそう思い、シエラは小さく頷く。
 恐れていないと言えば嘘になる。今だって実は恐怖で声が出ない。

 だから路地裏の細道に対峙する魔物とエルクディア達を見たとき、どうしようもなく心臓が跳ね上がった。
 当然といった様子でライナの背に庇われ、自分よりもほんの少し背の低い彼女が悠然と前に立つ。

「あっはは、追ってこなきゃよかったのに」
「騎士も馬鹿だね、分かってるのにやってきた」
「ねえ、知ってる?」
「君達ここで」
「「――死ぬんだよ」」

 最後だけ綺麗に揃えて二人は嗤う。
 仲良く手を繋いだ姿は、禍々しささえなければどこにでもいるただの子供だ。けれど二対の双眸は赤く光り、長く伸びた爪が刃物のように煌いている。
 ゆうらりと立ち昇る魔気が頬を掠め、シエラは無意識のうちに一歩後退していた。

「ごめんえるくん……やっちゃった」
「ここまできたら仕方ないさ。ただし、お前まで守るのはごめんだぞ」
「うん、へーき。自分の身は自分で守る。だからぜっっったい、シエラ達守ってね!」
「当然だ」

 どのような顔をして言っているのか、シエラには見えない。けれどそれがとてつもない自信に溢れたもののような気がして、ほんの僅かに肩の力が抜けた。
 狭い路地裏は背の高い塀に囲まれ、両腕を真横に伸ばせば爪の先が掠りそうになる。交通において不便はない。
 だからなぜ、エルクディアがああも必死でラヴァリルを止めようとしたのかが分からなかった。しかし彼の剣の構え方を見て悟る。

 この狭さでは、思うように剣が振るえない。
 彼の剣はもともと他の騎士が持つものよりも長く創られている。この道幅では塀に阻まれて思うような動きが取れないのが現実だった。
 だがシエラの知らないところで、彼の知略は駆け巡っていた。
 どうすれば誰も傷つくことなく済むか。どうすれば目の前の敵を屠ることができるか。
 路地裏を出ることは簡単だ。けれどこの魔物達はこの場に留まるだろう。

 そうして魔力を暴発させ、民家に被害を与えようとするかもしれない。すべてはシエラ達をこの場に誘い込むために。
 それに下手に背を見せるのも危険だ。挟み撃ちでもされたら堪らない。
 ライナの結界で凌ごうにも、それは万能ではない。だんだんと効力は弱まり、やがては消滅する。そこに敵の攻撃を受ければ、なおさら耐久時間は短くなる。
 守ではなく攻に入る――そのような考えをエルクディアが巡らせていることを、シエラは想像もつかなかった。
 くすくすと笑う声が耳障りで、ひどく癇に障る。
 イェランの指先に、ぼっと音を立てて黒炎が生じた。



「じゃあ、始めようか」




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