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「いたぞ!」

 反射的に叫んだ声に、エルクディアが俊敏な動作で前に躍り出る。次いでライナがシエラの視線を追うように窓の外を眺め、二人の姿を確認した後ロザリオに手を伸ばした。
 皆の視線を集めて満足したのか、子供達は頬を緩めて笑っている。
 ラヴァリルが銃口を向けた瞬間、彼らはそれを嘲笑うかのように片手を夕暮れの空に突き上げた。

 小さな子供の手のひらに集中する魔気の塊に戦慄する。赤黒いそれは時折ぐにゃりと形を変えながら球状を保ち、そのまま一直線に空へ放たれた。
 どん、という鈍い振動が店を揺らし、挑発の色を隠さない笑声が耳に届く。
 罠だということくらい、誰が見ても明らかだった。だが子供達は禍々しい球体をもう一度創り上げ、真下の民家へと手のひらを向ける。――完全なる脅しだ。
 ぎり、とライナが唇を噛んだのを見て、シエラはどうするべきなのか迷う。
 だが己の中で答えを出すよりも先に、ラヴァリルが店を飛び出した。

「おいっ、ラヴァリル!」
「迷ってる暇なんかないでしょ、えるくん! ライナだってそれくらい分かるよね!?」
「っ……ここはラヴァリルの言うとおりです。向こうの手に乗るしかないでしょう。行きますよ、シエラ、エルク!」

 ライナの声を合図に一同は駆けた。叩きつける魔気に目を細めて子供達を見上げれば、彼らは赤い双眸をきらりと輝かせて高く跳躍する。
 待て、と叫ぶよりも先に彼らは夕暮れの町を疾走していった。
 追いかければその分逃げる。それは当然のことに思えたが、彼らは意図してこちらとの距離を保っているようだ。追いつけそうで追いつけない、けれど見失わない距離を開けて彼らは縦横無尽に王都を駆ける。

 そして時は過ぎ、先ほどのやり取りと重なっていく。
 あまり体力のないシエラとライナにしてみれば、この鬼事は苦行でしかない。「みーつけた」と楽しそうに笑う少年を睨み、エルクディアが鞘から剣を抜いた。

「ラヴァリル、二人を頼む。怪我はさせるなよ」
「分かったけど、えるくんどうするの?」
「片付けてくる。……まあ、祓魔が目的だから、拘束程度でとどめておくよ」
「できるの?」

 走りながらエルクディアはにやり、としか表現できない笑みを浮かべた。今まで見たことのない種類の笑みに、シエラは少し面食らう。
 息を切らせながら走る頭を彼は一度撫でてから、剣を鳴かせて一気に加速した。

 どうやら今までシエラやライナの速さに合わせて走っていたらしく、後姿はあっという間に遠ざかっていく。ラヴァリルが歓声を上げるのを聞きながら、体力に限界を感じていたシエラがやや速度を落とした。
 見つめる先ではエルクディアが舞うように剣を振るっている。
 さすがに追いつかれると思っていなかったのか、少年達は虚を突かれた顔をして塀の上へと飛び退った。

「なんだ、騎士速い」
「神官は遅いよ。後継者も遅い」
「じゃあ魔導師はどうかな」

 無邪気な子供達のやり取りに、隣を走っていたラヴァリルが楽しそうに笑った。それから目も留まらぬ速さで短銃を構え、撃鉄を鳴らす。

「あたしも速いよー! でもま、足止めはえるくんに任せるけどね」

 まずは景気づけ、と歌うように口ずさんで、ラヴァリルは引き金を引いた。その瞬間、シエラが聞いたことのある猟銃とはまったく別の発砲音が鼓膜をつんざく。
 思わず肩をすくめれば、彼女は申し訳なさそうにはにかんで銃弾を補充していた。そこに悪気は一切見られない。

 言葉通り、エルクディアは見事に子供達を足止めしていた。海の向こうに沈みかけた陽が放つ光を弾く両刃が、蝶の様に滑らかな曲線を描く。
 自分達が追い詰められていることに気がついたらしい子供達は、互いに顔を見合わせて思案顔を作った。
 ようやっと追いついたシエラ達をちらと一瞥し、片方がくるりと宙返りをしてみせる。挑発じみた行動に呆れる暇もなく、すぐ後ろでライナの詠唱が聞こえた。

「<神の御許に誓い奉る。盟約者は聖血を授かりしライナ・メイデン。数多の罪を絡め取り、聖なる声が要とならん。――贖罪の檻にて魔を捕らえよ!>」

 詠唱終了と同時に、ライナは手にしていた聖水の瓶を放り投げた。意外な行動にぎょっとしたのはシエラだけではないらしく、魔物の方も驚いている。
 慌てて外套で瓶を払いのけた彼らは、パリンとガラスの砕ける音を聞いて目をしばたたかせた。
 空中で砕けたそれはきらきらと地上に降りそそぎ、雪を連想させた。
 だが儚げな様子からは考えられない舌打ちが背後で聞こえ、ラヴァリルが苦笑している。

「びっくりした」
「神官って乱暴」
「見た目おとなしそうなのにね」
「胸ないからだよ」
「ぺったんこだもんね」
「僕らと変わんないよ」
「可哀想」

 瓶ごと聖水を投げつけられるという荒業を受けた彼らは、好き放題に口走って手を取り合う。
 胸のあるなしが関係あるのだろうかと考えてライナを窺ったシエラは、あまりの剣幕に一瞬誰だか分からなかった。
 丸い大きな瞳に凍てついた怒りを湛え、嘲笑とも取れる笑みを口元に浮かべたライナが二本目の瓶をきつく握り締めている。



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